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2006年2月22日 (水)

『イルマーレ』(韓国オリジナル版)

[この感想は韓国オリジナル版です。アメリカ・リメイク版の映画感想はこちらです。]

『イルマーレ』であります。

チョン・ジヒョンの出演作ということから、とにかく見てみました。これもまた、実におもしろい映画でした。昔はかなりSF小説を読む方でしたから、この時空のねじれによるワープものというテーマは結構好きです。その時空のねじれが、ある海辺の家「イルマーレ」の郵便受けに限定的に生じたたという発想がおもしろいと思います。

詳しいことはよくわかりませんが、最近の宇宙論の一つに「並行宇宙論(多次元時間解釈)」というのがあるそうです。それはざっくり言うと、時空は無限に可能なのでいわゆるタイム・パラドックスは考える必要はない、というものです。昔から、タイムマシンものではタイム・パラドックスという定番の問題がありました。現在の人間が過去に戻って歴史を変えると、もともといた今の世界が変わってしまうことになる。それは矛盾となるためそういうことはできないはずだというものです。

ところが、この並行宇宙論によると、その変えられた世界はその世界そのものが独自の時空となるため、変えられる前の世界とは全く独立して新たな時空が成り立つというのです(ただし、元の世界には戻れません)。したがって、たとえば自分が過去に戻って父母や祖先をうっかり殺したとしても、この自分は消えたりせず新たなそういう歴史を持つ――つまり、時間旅行によって歴史が変えられたことを織り込み済みの時空に生きることになるのだ、とだいたいこんな内容だったと思います。考えられる可能性の数だけ宇宙が存在することになりますから、「何でもあり」の宇宙論とも言えます。

さて、今回の『イルマーレ』を考える際には、この多次元時間解釈を援用しないとほとんど理解できないと思われます。

(ここからネタばれ

ここで考えを整理するために少しあらすじを振り返ります。

1999年の末、若き声優キム・ウンジュ(チョン・ジヒョン)は、それまで住んできた海辺の家「イルマーレ」を離れようとします。その際、次の住人あてに自分あての手紙が来たら、こちらの住所に転送してくださいという、転送依頼のメッセージを郵便受けに残します。

ところが、このメッセージを受け取ったのは、あろうことか1997年のハン・ソンヒョン(イ・ジョンジェ)でした。彼は、この完成したばかりの海辺の家に引っ越してきて、つい先日この家の名前を「イルマーレ」と名づけたばかりです。つまり、彼の前の住人はいないはずなのです。えっ、ということは? そう、この郵便受けはちょうど2年間という時空をワープし、2つの世界をつなげるという代物だったのです。さあ、たいへん。

当初は信じられなかった2人も、ウンジュの過去の日記に書いてあった1997年の出来事をソンヒョンに伝え、それが確認されることによってワープする郵便受けは疑いのないものとなります。このようにして、郵便受けをはさんだ2人のドラマが語られていきます。

はじめはただ2年間という時空の違いを単純に楽しむ程度のやりとりでしたが、この時間差を利用すれば何ができるかについてだんだんわかり始めるにつれて、ついにウンジュは、最近失恋したばかりの恋人を取り戻すため過去にいるソンヒョンを利用しようとします。ソンヒョンは、その願いを受け入れ行動に出ます……。

ちょっと、ここで出来事の次第を列記してみましょう。普通の年号はウンジュのいる年号で、<年号>はハン・ソンヒョンの生きている年号です。そして、青字はソンヒョンの行動です。

  • 1999<1997>年12月21日――キム・ウンジュがイルマーレを離れる。手紙の転送依頼をこの日郵便受けに投函。
  • 1999<1997>年12月28日――ハン・ソンヒョンがウンジュのメッセージに気がつく。そして、ウンジュあて、「イルマーレの最初の住人は自分だし、何か勘違いしているんじゃいかい、今は1997年だよ」と返答。
  • 1999<1997>年12月29日――ウンジュは、「いたずらはやめて」と応酬。
  • 2000<1998>年1月7日――ソンヒョンから、「いまだに手紙が届くが、間違いなく今は1998年」と返事あり。また、休学届を出す。その届には、1998年3月2日~6月2日までと記載。
  • 2000<1998>年1月9日――1月9日大雪が降るとウンジュから手紙。そのとおりになってソンヒョンから「信じられない」と返事。
  • 2000年<1998>2月11日――ウンジュが日記から、大事な録音機を駅のベンチに置き忘れたことを伝える。ソンヒョンがそれを取りに行く。そして、録音機に自分の声を録音してウンジュに返却。
  • ウンジュは録音機を受け取り、お礼に耳あてと小さな魚を送る。ソンヒョンは駅のベンチでウンジュを確認、初めて会う。しかし、当然ながら当時のウンジュはソンヒョンのことはまったく知らないので気がつかない。
  • 2000年<1998> 3月7日――「2000年3月11日午後3時に済州島で会おう」と約束をする。しかし、ソンヒョンは来なかった。ソンヒョンは、自分が行かなかったことについて「忘れるはずはないのになあ」とコメント。
  • ウンジュが失恋した彼氏を「離れないようにして」とソンヒョンに依頼。ターニングポイントとなる喫茶店「モーニング」で2人に会いに来るようソンヒョンは依頼される。
  • 2000<1998>年3月25日――ソンヒョンは意を決して「モーニング」に向かうためイルマーレを出発する。一方ちょうどそのころ、ウンジュはソンヒョンの在籍した大学を訪ねてみる。そこで、ソンヒョンの友人から彼が事故で2年前に亡くなったという話を聞く。突然、ウンジュはあの喫茶店「モーニング」の目の前でソンヒョンが交通事故にあって死んだことを思い出す。あわてて喫茶店に来ないようイルマーレの郵便受けにメモを投函する。自分の給料袋にメモを入れて……。

こんな流れでした。

さて、この映画は時空が錯綜(さくそう)しているので、それぞれの時空を整理しないとこんがらかってしまいます。並行宇宙論をベースに整理してみると、恐らく3つ、いや4つの時空を別々に考えていく必要があると思います。

第1時空は、このイルマーレの郵便受けがワープしない時空間。これは、この映画の成立自体を否定するものですが、もっとも我々の日常経験になじむものであり、何と言ってもこの時空が基本になります。ソンヒョンとウンジュの交流は起きるはずもない、そういう世界です。

第2時空は、この郵便受けがワープすることを認める時空間、つまりこの映画そのものです。ただし、いちばん最後のシーンで余計な時空間がふえます。そう、最後の最後で交通事故に遭わなかったソンヒョンが生き残り、ウンジュに出会う世界です。ただ、ここが非常にややこしい。

いま、ソンヒョンの助かった時空を第3時空と呼ぶことにします。第2時空では、ウンジュに喫茶店に呼び出されたソンヒョンは交通事故死します――だから、済州島にもあらわれなかった――から、そこから助かる時空はまた別の時空になるわけです。それは、ウンジュの「来ないで!」のメモが間に合う時空です。間に合わなければ第2時空のままになり、その世界も並行してどこかにあるはずです(だから「並行宇宙」です)。

さあ、こうして第3時空が生まれました。普通このドラマの流れからいっていちばんわかりやすい展開は、あのメモを投函した直後にソンヒョンがウンジュの前にあらわれてくれることです。そうすれば、観客も「ああ、ウンジュのメモが間に合ったんだ、助かってよかったなあ」と安堵できるのです。何ならそこで映画が終わってもいいでしょう。それはそれで1つのハッピーエンドと言えますし、何と言ってもこの場合にはこの第3時空で終わってもらえるのです。

ところが、です。この監督はどうやらもうひとひねりしたかったようです。というのは次の時空――第4時空までつくってしまうからです。

第4時空はどういうものかを考える前に、まず第3時空(ソンヒョン助かり時空)の世界を復習してみましょう。第3時空では命が助かったソンヒョンがいます。あのメモを見て、喫茶店に行かなかったため事故に遭わず生き続けている時空です。ですから、第3時空のソンヒョンは1998年3月25日以降いつでもウンジュに会うことができるはずです(正確には、イルマーレにウンジュが入居してから後ですが、その日付は映画ではわかりません)。そうすると先ほど上に述べたように、2000年3月25日のウンジュがあの郵便受けのところで祈るようにしてメモを投函した後、すぐにあらわれることはやろうとおもえば可能なはずですし、それがいちばんドラマの展開上理解しやすいことは先ほども見ました。

しかし、しかし、ここで監督はあえて1999年の12月21日、ウンジュがイルマーレから離れる時間にソンヒョンを登場させたのです。うーん! このために、最初見たときこんがらかったんですね。「えっ、何か変だなあ」と思ったのですが、ここがわかりにくかったのです。

第4時空の誕生です。いろいろな可能性のある時空の中から、監督はウンジュが引っ越しする冒頭の場面で主人公2人を引き合わせたのです。これは、いわばこの映画の肝(きも)と言っていいのではないでしょうか。まあ、途中でエッシャーのだまし絵を見せたりしていましたから、そういう時空の迷宮性を描きたかったのかもしれません。あるいは、単に映画としての美的な効果をねらって、冒頭の景色を最後に持っていった――確かに絵的には美しいものがありました――のかもしれません。まあ、恐らく両方でしょう。

ただ、この第4時空が登場することによって、この後の2人の展開はものすごく不安定になります。ですから、観客としては何かほっぽり出されたような感じとなるのです。

何と言っても、この2人が初めて顔を合わせる第4時空の1999年12月21日は、ウンジュはまだソンヒョンについてなにも知らないのです。一方、21日以降に起きるドラマについて知っているソンヒョンはまことに奇妙な存在となります。だって、手には2000年3月の給料袋――この時点ではウンジュにとって自分の未来の給料袋を持っているのですから。そのうえ、この後約1週間後の12月28日の郵便受けに、ウンジュは1997年のソンヒョンからの手紙を受け取ることになるのですから。そして、ソンヒョンは、今度は過去に自分が送った自分の手紙をウンジュと一緒に見ることになります。――いや、そもそもこの第4時空の出会いの後、ウンジュは果たして郵便受けに転送依頼メッセージを入れるかどうかもわかりません。ソンヒョンがあそこでどう話すかわからないのですから。一体どうなるんでしょう?

                    …………………

と、以上のような内容をまとめたものを書いて公開したら、たこ麗子さんという方から以下のサイトを紹介していただきました。

                      映画生活

ここのコメント集を読んで、私の解釈の見落としを発見しました。

ここにあるアードベッグさんとたこ麗子さんとのやりとりに出てくる「コーラ」の存在です。私は、このコーラの存在について全く考慮していなかったのです。もちろん、麗子さんの言うように子犬から成犬にと考えれば不思議はないという、それはそのとおりなんですが、そっちの議論ではなくて、私の述べた第3時空――つまり、ソンヒョンが生き残った時空では、いかにしてコーラをウンジュに引き継ぐのかという視点が欠けていたことに気づかされたのです。それは同時に、ソンヒョンとウンジュの引っ越しのタイミングをどうするか、ということにつながる問題です。

たこ麗子さん曰く「恋人の留学後まもなく(彼が亡くなったので)空き家になったイルマーレに彼女が移転。主人を亡くしたコーラが家に残されていたので彼女が新たな飼い主になりました。」

そう、これが最も自然なコーラ引き継ぎの解釈です。

となると、第3時空でのコーラの引き継ぎは?

1998年3月25日から2人が出会う99年12月21日まで約1年と9か月あります。この1年9か月の間にコーラがうまく引き継がれるためには、どういうケースが考えられるかという問題になります。

(1)ソンヒョンとウンジュとの手紙のやりとりから、ウンジュが入居したときには既にコーラがいた、と話していることを知っているので、ソンヒョンはある日突然コーラを故意に残して自分だけそっと転居した。(んなこたあ、ないだろ! って突っ込まれるよなあ)

(2)ソンヒョンはこの第3時空では、ウンジュがイルマーレに引っ越してくることを知っているから、居ながらにして入居募集をかけ、ウンジュが応募してくるのを見届けてから犬を置いて転居した。(これも考えにくいよなあ)

(1)も(2)もソンヒョンがウンジュの引っ越しを見届けるかどうかの差があるだけで、基本的には変わりません。ただ、こうすれば何とか最後の第4時空を生み出す出会いは可能とはなります。ソンヒョンはいつ会いに行くか、考えに考えた結果、あのウンジュの引っ越しの日を選んだということになります。

でも、何と言っても無理がありますよねえ。

誰でも気づくように、ソンヒョンが助かったのであれば、あの後、手紙のやりとりを全くしていなかった、とするのはいかにも不自然です。「どうして行くのをとめたの?」という手紙が来るのはほぼ必然と言っていいでしょう。そして、その質問にウンジュが全く答えないというのも考えられることではありません。じゃあ、1年9か月の間、さらに2人はいろいろと手紙のやりとりをして、ついにいつ会うのがいいかについて了解し合ったたとか……。もうあり得ないとしか思えないことばかりです(笑)。

そうです、これらは人間交流の自然法則に逆らっているとしか思えないのです。

すると、やはりたこ麗子さんの説明が最も自然となるわけで、そうとなれば第3時空はあり得ない。つまり、やはりソンヒョンは交通事故で亡くなっていなければ自然なドラマとはいえない、というのがどうやら論理的な結論となりそうです。う~ん、うなっちゃいますね。

そうすると、アードベッグさんのご意見の一部を引き取って、ウンジュが「ポストの前で泣き崩れてる場面で終わりなんだ」、というのが無理のない見方なのかなあ~。最後のワンシーンは絵的に美しくするためのほんのおまけ、ってか(笑)。

[後日、これを読んだたこ麗子さんから、あの郵便受けでウンジュが泣き崩れて後すぐにくだんのタイム・ワームホールが閉じてしまって、2人の人間交流ができなくなる可能性はあるという指摘がありました。確かにそうなると、上で述べた(1)と(2)の可能性も一応あり得ることになるのかもしれません。ただ、ウンジュがイルマーレに引っ越してきた日にちを変えずにつなげなければならないなど、引っ越しのタイミングについては謎が残りそうです。参考まで(4/10記)]

いやあ、でもとてつもなく想像力を刺激するおもしろい映画でした。何より、こういう見た後にいろいろと想像させる映画はなかなかありませんから、やはり傑作の1つと言っていいのではないでしょうか。

                      ………………


このブログに上の感想を書いたのは2月でしたが、その後「映画生活」を読んでから書き直したのが4月でした。その後もどうも判然としない感じのままなんとなく過ごしてきましたが、最近また考え直したことがありましたので、以下に追記します。

私は、この映画のラストシーンで、ウンジュが郵便受けの下で泣き崩れているところへ「第3時空(ソンヒョンが助かる時空)」」のソンヒョンが現れればいちばんわかりやすい、と書きました。しかし、よくよく考えるとこれはあり得ないことのようにも思われてきたのです。

なぜなら、ウンジュがメモを出した第2時空では、あの大学のソンヒョンの友人から「彼は交通事故で2年前に死んだ」と聞いてしまったからです。交通事故の原因をつくったのが自分だと知ったからあわててメモを郵便受けに入れたわけですが、あの「行かないで!」のメモを投函する行動を支えている「第2時空」ではソンヒョンがすでに死んだという事実が確定されていることに注意する必要があります。したがって、たとえ手紙が届いて助かった(第3時空)ソンヒョンがウンジュと会えるにしても、郵便受けの前に出現できるはずはないのではないか。つまり、郵便受けの前で泣き崩れるウンジュのシーン自体が第2次空限定のものだったとしか考えられません。そして、そういうストーリーのある宇宙が確実に存在し並行している、とは言えるでしょう。

さて、そうすると第3時空のソンヒョンにはどんなウンジュとの出会いが考えられるか、という問題に進みます。

ソンヒョンが第3次空でもウンジュに出会うためには、まずウンジュに、イルマーレに引っ越してきてもらう必要があります。ところがソンヒョンが死なないことにはイルマーレが空き家になることはないはずなので、結局、上記でグダグダと書いたコーラの引継ぎストーリーにまたも行き着くことになります。したがって、ここで上記のような不自然な仕掛けでウンジュを引っ越しさせることに納得できなければ、やはりあのラストシーンは幻想であってあり得ない、という結論に至るしかありません。それはある意味とても自然な観方です。

しかし、あのコーラ引継ぎを多少の不自然さはあるにしても、ソンヒョンの恋しい気持ちから十分可能な事態だったと考えた場合はどうなるでしょう。あるいは、上記で述べた以外のいい仕掛けがあるかもしれません。

よろしい! 多少不自然ですが、コーラをうまく引き継いだことにいたしましょう。つまり、意図的にソンヒョンがイルマーレを離れてウンジュが入るように仕向けたとするのです。本当はソンヒョンがイルマーレを離れても、この第3時空ではウンジュが後釜に入ることが確定されているわけではありません。しかし、ここではソンヒョンがどうにかして彼女に会いたいために、そういう工夫を何とかしたと考えて、とにかくウンジュがイルマーレに入るようにできた、それが第 3時空だと考えるのです。

そうして、いよいよあの年末がやってきます。ウンジュがイルマーレを去る日です。ここまでは第3時空でも第2時空と同じように推移したとしてよいでしょう。二人の接触はまったくないままだからです。ただし、第2時空と違うのは、この時点で2年間をつなぐワープ交信の記憶を、ソンヒョンだけは持っているということです。

さあ、ソンヒョンは「こんな奇妙な話を信じてもらえるだろうか」と言ってウンジュに近づきます。この時点ですでに第3時空の新たな物語はかなり進んでいるのですが、あの郵便受けがワープするかしないかはまったく関係のない話となります。もっと言うと、第2時空の郵便受けはワープしたけれど、第3時空の郵便受けはワープしないと考えるのが自然です。つまり、あのラストシーンから新たに出会った二人の物語が始まったことを示していることになります。だとすればあの終わり方はあれでありじゃないか、そう思えるようになってきました。 まあ、まだ釈然とした感じからは程遠いのですが、一応こんなことを考えたので追記とします(6月7日)。    

                     ………………

この映画とよく比較されるらしいので、『リメンバー・ミー』も見てみました。キム・ハヌルが主演で、出だしから中盤まではなかなかおもしろい映画でした。電源不要の不思議な無線機を介して1979年の彼女と2000年の男――深い因縁のある学生――との交流の物語です。

ただ、こちらの映画は明らかにタイム・パラドックスによる制限を前提としているため、時空は決定論的な1つの世界しかありません。そのためどうしても未来の出来事が現在を決定することになり、ある意味救いのない結末となりました。ですから、映画を見終わったあとの後味はいま1つでした。その上、あのチ・インにつきまとう娘ソ・ヒョンジにどういう意味があったのか、全くわかりません。あのヒョンジが最後にどんでん返しの切り札(例えば、ソウンの幸せな結婚を示す娘だったとか)になるのかと多少期待していたのですが、全くその気配もなくその点でも何か物足りない映画だったように思います。だって、あの女は一体何者なのか、随分思わせぶりなところがあったと思いませんか。テーマがなかなかおもしろかっただけにちょっと残念でした。

まあ、見方によっては、人間は往々にして未来を知りたがるけれど、やはり知らないままのほうが実は幸せに生きられるのだ、というメッセージとして受け取ることもできますが、どうなんでしょう。

ところで、この映画で、キム・ハヌルの声もなかなかいい声だな、いやきっとせりふ回しもうまい女優なんだなと気づきました。あの最後の無線交信で彼女の語るモノローグ――「香り」についてのモノローグのところです。ハングルはわかりませんが声の調子だけでもまるで音楽のようで、とても心地よい「語り」だったように思います。

もっとも内容がさっぱりわからないのには閉口しました。字幕によると、何やら死んだら香りがなくなるけど、中には死んだ後にも香りを放つ人がいるとか、彼の香りをいつも私は感じることができるとか、1979年の喜びは2000年にも感じられるはずとかなんとか、さっぱり要領を得ない内容だったように思います。これ、ほんとにこの訳でいいの? と思って見ていました。

それにしても、この2つの映画はそれぞれ2001年、2000年と公開時期は1年しか違わないんですね。にもかかわらず、時空間に対する考え方がまったく違っているのは驚きです。上述のように『イルマーレ』は並行宇宙論をたくみに組み込んでつくっているように見えますが、『リメンバー・ミー』のほうはタイム・パラドックスによる時空の制限を自明のものとして考えています。だからこそ、あのオールド・ミス?となったユン・ソウン教授(キム・ハヌル)を出すしかなかったのでしょう。

まあ、両者それぞれ現代における代表的な時空に対する考え方を基にしてつくられているという意味でそれなりに意義のある映画だったように思います。ただ、個人的には『リメンバー・ミー』のような決定論的な結末は見るに忍びなかったなあ、と。あれでは、ソウンは決められた未来を背負いながら生きなければならなくなります――まあ、それらをすべて受け入れるという語りを入れていたようですが。でもやはりそうではなく、将来に対する可能性なり、救いなりがあるような終わり方――それは何も恋の成就でなくてもいいのですが――にしてほしかったところです。

ともあれ、「時」をめぐるドラマはいつもおもしろいです。今後はどんなドラマを見せてくれるのか楽しみです。

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コメント

タイムパラドクスものはお好きですか?
「バタフライエフェクト」はご覧になりましたか。

私のイルマーレについてのネタバレな感想はこちらです。
http://www.eigaseikatu.com/com/1695/10237/

投稿: たこ麗子 | 2006年3月 4日 (土) 13:23

書き込みありがとうございました(^^)
何度も読んでみましたが・・・・
ヤハリ良くわかんなかったです(><)
時空の話しは、頭の中でゴチャゴチャ!!!
最後の出会い(?)再会(?)は
ソンヒョンが、もっと日にちが経ってからでも
良かったんじゃない??
そうすれば、劇的な再会だったのに・・・
何故、手紙を交換する前の彼女に逢いに行ったのか・・・
うーーーーーーーん・・・・
わかんない(^^;

投稿: chal-isso | 2006年5月 6日 (土) 22:28

chal-issoさん、書き込みありがとうございました。ゴチャゴチャ書いて済みません(^^;)。

言われるように、ソンヒョンは日にちをたっぷりかけて、あのウンジュがポストの前で泣き伏しているところへ現れてくれれば、それでハッピー(^_^)vっていう映画だったんですよね。
ただ、そんな単純な結末では芸術家魂の強い監督さんは満足できなかったのかもしれません。そのうえ、ソンヒョンのイルマーレからの引っ越しとウンジュのイルマーレへの引っ越しをどうつなげるか、そしてあの犬のコーラをどうやって引き継ぐかという問題も謎のままです。
まあ、あんな形にして観客を迷宮の中に入り込ませることも狙いの一つだったような気もしますが……。それにしても、美しい映画でしたね。
それでは、また。

投稿: たるぼっと | 2006年5月 6日 (土) 23:49

こんばんは、お久しぶりです。
ハリウッド版のDVDを見ました。こちらは
「過去を変えると変えた瞬間に現在が変わる」
という設定を冒頭から随所に押し通していました。

ドラマ自体も恋と仕事の両立に悩む熟年女性の欧米のニーズに合わせたロマンスに。
「SFとかいいから話に酔って」
というハリウッドらしい強引なお話でした。

投稿: たこ麗子 | 2007年12月13日 (木) 01:09

いやあ、ご無沙汰でしたね。ときどき麗子さんのサイトを覗いていますが、ずっと音無しだったのでちょっと心配していました。

ところで私のアメリカ・リメイク版感想にも書いた『未来人ジョン・タイターの大予言』(マックス発行)はお読みになりましたか。並行宇宙の実際経験者?(笑)のお話です。

なるほど、話に酔ったロマンスということでしょうかね。それにしてもイルマーレは本当にいろいろ考えさせられます。

投稿: たるぼっと | 2007年12月13日 (木) 11:08

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受信: 2006年5月 6日 (土) 21:08

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