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2007年4月24日 (火)

『幸福のスイッチ』

まず、あらすじの導入部をざっと振り返ります。

物語は和歌山県のある海辺の村の電器屋――稲田電器商会、通称イナデン――が舞台です。 主人公・稲田怜(上野樹里)の父・稲田誠一郎(沢田研二)は村の小さな電器屋さん。誠一郎はいまは亡き妻と一緒にこつこつと地元の家庭に家電品を売り続け、その後も修理などアフターサービスに余念がなく、地元の人たちから大きな信用を得ているようです。購入してもらった顧客の綿密なリストをつくり、「お客様第一」をモットーに定期的に御用聞きまでするサービスによって最近近郊にできた大型家電量販店「コンドー」にも対抗しています。

比較的早くに妻を亡くしたようですが、子宝に恵まれ長女・瞳(本庄まなみ)、次女の怜、そして三女・香(中村静香)の姉妹がいます。しかし、長女の瞳はすでに結婚して近々出産予定。三女はいま高校生ですが、いずれは地元を離れていくつもりです。

怜は、高校を卒業してから東京の美術専門学校に入り、その後イラストレータとしてデザイン会社に入社。そして1年が経ちました。いま、芸術としてのデザインと顧客本位の商業デザインとの違いに悩み、会社の方針にどうしても納得しかねていた怜は、ついに会社を自主退社したところです。ちょうどそのとき、実家の父が入院したということから手伝いに来て欲しいという手紙が来ます。

そんなことから、ひと月ほどの予定で実家に戻ることになるのですが、そこから怜の物語が始まります。

                   以後ネタバレ注意

怜は、父がお客様ばかりに気を遣って家族を顧みないようすに小さい頃から反感を抱いていました。そして、半ばその犠牲になって母親が死んでしまったと思っているのです。また、家電品の新品を売るよりも、まず修理して小商いしかできない父のやり方にも大いに疑問を持っていました。一度売った商品については、どんな小さなことでも面倒を見るという父の姿勢は、外づらだけよくて家族にはひどい犠牲を強いるという身勝手な父親と映っていたのでした。

そんな父がアンテナ工事の際、誤って屋根から落ちて入院したのです。臨月の近い瞳は婚家との約束もあってそろそろイナデンを手伝えません。高校生の香だけではさすがに店の仕事を任せられない。そんなことから怜がどうしても必要とされていたのです。

仕方なく、嫌々ながら店を切り盛りすることになった怜。

とにかく父のやり方には嫌悪感しか持っていない怜ですから愛想が悪い。マッサージ機を購入してくれた野村のおばあちゃんから電話が来ました。マッサージ機の場所を移動したいので来てくれというのです。怜は機械の故障ではないのだから、ほかの人に頼んでください、とけんもほろろの返事で電話を切ってしまいます。

恐らくおばあちゃんから入院中の誠一郎のところへ電話が行ったのでしょう、父から怒鳴り叱られ香と一緒に、ひとり暮らしの野村のおばあちゃんのところへ飛んでいくことになります。 2人の姉妹は野村のおばあちゃんから、帰り際に畑で採れたネギをひと束もらって帰宅しました。父の方針でこれもアフターサービスの一つであり、一切お金をもらうことはないのです。それが父のやり方でした。

そんなやり方に不満なまま、ある家から電球を交換してほしいとの要求が来ます。不機嫌な顔をして怜はその家へ向かいました。実は、その前に妹からこっぴどくその身勝手さを指摘されたりして最悪な気分だったこともあって、すぐに客先へ向かわず海岸でさぼってしまいます。そして、砂浜に寝っ転がりながらいつしか眠り込みます。 気づいたときには、夕方となっていました。

急いで電球交換のために訪れた家で作業をしていると、そこのお客さんは足が悪く自分で交換できないために呼ばれたことがわかります。そして、明るい光に変わった途端、「あら、いい感じ。人生が明るくなっちゃうわね」。そして「ありがとう、助かったわ」と心からのお礼を述べてくれたのです。

おそらくこの瞬間に怜の心にあった「幸福のスイッチ」が入ったのでしょう。

ここで怜は初めて自分が間違っていたことに気づき、申しわけない気持ちでいっぱいになります。その気持ちが「すいません、遅くなって」というせりふとなって出てくるのでした。

この瞬間のお客さんと怜との間に流れる空気はとても温かなものでした。自分に非があり罪意識を持ってやったことが、相手から純粋に感謝されるようなとき、人はまったく自分と違った価値観の世界をかいま見ることがあるように思います。怜の場合、このときがその瞬間だったのでしょう。そして、一たん感じた別の世界の存在に気づいたときから、新しい世界――「他人(ひと)に喜んでもらえる」という喜びを感じられる世界、すなわち幸福の世界に入ったのでした。

さあ、そうなると次々に世界は別の回転をして怜に迫って来ます。 補聴器のエピソードはそんなときの話でした。

野村のおばあちゃんはひとり暮らしだったのですが、最近長男が嫁とともにUターンしてきました。たまたま御用聞きで訪問した怜のそばで、こんなやりとりがあります。

嫁がおばあちゃんに話しかけるのですが、ちっとも返事をせずにおばあちゃんは趣味の絵手紙を黙々と描き続けます。でも、たまたま嫁に向かって「軍手はないか」と声をかけた息子の声にはすぐに反応して「台所で見かけたよ」と返事をするおばあちゃん。

そうです、おばあちゃんは息子だけを相手にして嫁を無視していたのです。そのように見えました。悲しそうに台所に立つ嫁の気持ちを知りながらも、怜はそのときおばあちゃんの付けたテレビの音が余りに大きいことに気づいてはっとします。そう、おばあちゃんは嫁を無視しているのではなく、単に耳が遠く、高くて細い嫁の声が聞こえなかっただけなのでした。

そう気づいて、怜は早速補聴器の紹介をすることにします。試聴した野村のおばあちゃんは鳥のさえずりや水のせせらぎ、やかんの沸騰する音などにうっとりとなります。もちろん、嫁の声もちゃんと聞こえました。二人のコミュニケーションが回復した瞬間でした。

さて、そうこうするうちにある嵐の日の出来事。雷が鳴り、停電騒ぎとなります。こんな日にはブレーカーのオン・オフさえわからない家庭やその他停電がもたらす家電品の異常によってイナデンにも修理依頼や問い合わせが殺到するのが常でした。それを熟知していた父・誠一郎は入院先の病院から抜け出して、怜とともに修理に向かいます。

家々を回りながら、次々に修理をしていくのですが、ある客先では気難しい人に出会います。そこの主人が、プラズマテレビが壊れた、直せなければ返品だ、と毒づいていたのです。その言葉に平身低頭しながら黙々と修理する父を見た怜は、ついにいたたまれなくなって一人廊下に出て泣いてしまいます。

なんでこんな身勝手なひどい客の言いなりにならなくちゃいけないのだ、相手の言うことには道理がない、理不尽じゃないか。それに唯々諾々としている父が歯がゆくて、情けなくて、の悔し涙だったのです。――ちなみに、ここの上野の演技は出色のできでした。気持ちがストレートに伝わってきます。

しかし、廊下からたまたま見えた別の部屋に見覚えのあるアイロンから、話はもう一つの父親の姿を知ることにつながります。そのアイロンはこの家の奥さんの母の形見だったとか。それで修理を依頼しても、あまりに古いモノなので部品がもう無いから直せないとどこからも断られたものでした。それなのに、イナデンだけが別の部品を使ってなんとかしようと修理してくれたものだったのです。それもたった500円で。

怜はこのアイロン修理500円の話は妹から聞いて知っていました。聞いた瞬間には、何でまたそんなお人よしのことばかりするのだと言っていっそう父親への嫌悪感でいっぱいになったものです。 しかし、奥さんはこの話を続けて最後にこう言うのです。

「そやから、うち、イナデンさんでしか買わんのよ」

帰りの車のなかで、父は怜から野村のおばあちゃんに売った補聴器の話を聞きます。そして、初めて怜を褒めて言うのでした、それもしみじみと。

「ええもん、売った」

父親の姿を真正面から見ることになった修理行脚でありました。 そして病院に戻る父を見送ります。

この後、妹の香と一緒に父の浮気疑惑の相手となる小料理屋のおかみさんに会いに行く話が挟まれたりするのですが、それはともかく父親の電器屋としての懐の深さを思い知った怜は、また東京に戻ります。一度は辞めた会社でしたが、元上司や恋人に助けられたのでしょう、改めて再就職できたのでした。今度は、顧客の意向を十分に考慮したデザインにも抵抗はぐっと薄らいだように見えます。

そして、最後のシーン。父からの電話は、補聴器の件でした。

「野村のおばあちゃん、10年振りやったらしいわ……、鳥のさえずり」

思わず父に「お父さん、帰って、店、手伝ってほしい?」と尋ねますが、父の元気な声が叱咤(しった)します。

父「あほう! 目標あると言っとったやろ、ふんばらんかっ!」

……

怜「うん」

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いやあ、いい映画でしたねぇ。何ともいえないほんわかとしたぬくもりを感じました。そして、テンポがとってもゆったりしているし、またストーリーもまったく違和感がなく自然な進行に安心しきれました。これはやはり脚本・構成がとってもいいのだと思います。

この映画の監督は安田真奈とかいう女性の監督だとか、そしてOLを長年やっていたというからびっくりですね。こういう才能が今の多くのOLの中にも埋もれているのかと思うと、いっそうの驚きを感じます。

それから、キャストの良さ。本上まなみもよかったのですが、三女の中村静香という若い女優さんもかなり印象に残りましたね。三姉妹とも関西弁がナチュラルなせいかとっても美しく聞こえました。あと父親役の沢田研二もなかなかよかったように思います。ジュリーもいつの間にかこんな老け役をやるようになったんですねぇ(笑)。

この映画の良さは、昔はよく見かけた街の電器屋さん――「昭和の電器屋さん」を描ききったことにあります。日本人が昭和の時代に醸成した「気持ち」を込めた販売の姿を実に見事に表現していました。モノを売るのでなく、気持ちを売っていたんですね。それがモノを大切にし、またモノの品質の良さにまでつなげていくことになり、今や日本の家電製品は世界一安くて良いモノになったのでした。高度経済成長の原動力――とりわけ情緒的な原動力は、実にここにあったのかもしれません。

しかし、昨今はこの映画に登場する量販店「コンドー」のような大きな郊外型電器店が隆盛する時代になってきています。これも仕方のない時代の流れなのでしょう。日本全国にいまも残る"イナデン"は、今後時代の片隅で生き残るのも大変な時代になっています。 そういう意味では、これもまた『三丁目の夕日』の一バージョンと言えるのかもしれません。

それにしても、第2弾を期待したい新しい監督の登場に喝采を贈りたいものです。

最後に上野樹里について。

今回もそうですが、全体的に彼女は作品にも恵まれている感じがします。今回は、コミカルな役でも天然ボケ的な役回りでもありません。以前『翼の折れた天使たち』というテレビドラマを見ましたが、あの「スロット」で見せたような世の中を斜に構えて見る、ふてくされた役どころと似たところもありました。そして、これはこれで見事にやり遂げていたように思います。この女優はやはりすごい!

                      ◆◆◆◆◆◆◆◆

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この映画のもう1つの重要な側面を指摘してくれたブログです。わたしには家族愛の物語の側面がもう1つよく理解できていなかったということに気づかされました。誠一郎の浮気問題に対する三姉妹の描き分けにもいろいろな見方があるんですね。

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