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2008年10月25日 (土)

『闇の子供たち』

昨日、レイトショーで『闇の子供たち』を観てきました。この映画については友人のクチコミで知り、またテレビで主役の江口洋介がこの映画について語っていたのを覚えていましたので関心はあったのですが、観るのはさてどうしようか、と迷っていました。というのは、人身売買のうえに臓器移植まで絡んでいる話ですから、ちょっとどんな映像に出くわすのかやや恐怖感もあったからです。余りに恐怖感を植えつけるようなたぐいの映画は、実はとても苦手なんです。

最終的に「やはり観てみよう」と決断したのは今という時代の現実にある残酷な事実にもきちんと一度向き合ってみようかくらいの気分から、とでも言うしかありません。いや、実際のところは「何だか観なきゃいけないな」みたいな漠然とした義務感が自分の奥底にあったからだと思います。

さて、キャストはなかなか手堅いものでした。だから、ある程度安心できた――さほど残酷極まる恐怖映像はないだろうというところもあったように思います。見る人によってはギリギリの表現もあったかと思いますが、全体的に私の場合はまずだいじょうぶ、耐えられるものでした。

主役の新聞記者役に上述の江口洋介、タイの児童福祉施設に協力に来た日本のNGO出身のボランティア・スタッフに宮崎あおい、臓器移植を必要とする子供の父親役に佐藤浩市、フリーカメラマン役に妻夫木聡などです。その他恐らくタイでは著名な役者さんたちが絡み、上映時間約140分という長さを決して意識させないだけの力作となっておりました。そして、タイの子役たちがとてもすばらしかったです。とにかく目に宿る純粋な光が美しい。結果としていやが上にもストーリーのおぞましさが際立つこととなっていたように思います。

いつもは気に入った映画しか感想を書いていないのですが、今回はそういう気に入るとか気に入らないというような範疇を超えている映画です。ただ率直に感じたままを記してみます。

ここからネタバレ注意!

ある1つの見方で思い切り簡単にこの映画のストーリーを書くとしたら、タイの貧しい幼い姉妹ヤイルーンとセンラーが人買いに売られ、ヤイルーンはエイズで、センラーは心臓の提供によって死んでしまう物語と書けるでしょう。

しかし、主人公の新聞記者の立場から書くと以下のようになります。

日本新聞社のタイ駐在員である南部浩行(江口洋介)は、東京に妻と幼い娘を置いてバンコクに単身赴任している。そんなある日、本社の社会部の記者・清水哲夫(豊原功補)から日本で心臓移植の必要な子供がタイで移植を受けるらしい、ついてはタイでの内臓移植の実情を調査してほしいと協力依頼される。早速、南部は現地の伝を頼って内臓売買の元・仲介人に接触する。すると、何と移植される内臓は子供が生きたまま麻酔されて取り出され移植されるという事実に行き当たるのだった。心臓の場合は、つまり子供が殺されるということである。こんなことが本当にあるのだろうか、そのため南部は調査を進めるが……。

ま、大枠ではこういうストーリー構成です。

この後、映画では南部の手がけた調査にタイの児童福祉施設も協力することになります。そして、その施設には日本のNGO出身の音羽恵子(宮崎あおい)がボランティア・スタッフとして加わっていました。やがて調査を進めるうちに、ことは移植用内臓売買から幼児売買春の世界へと広がっていきます。つまり、貧しい家庭の子供たちが親によって闇の世界に売られており、何と子供たちは富裕な欧米人・日本人らによって性の玩具として働かされていたのです。それらの表現はやや抑えられていたにしても(小説を読んだ友人に言わせると小説はもっと生々しいとか)、やはりかなりショッキングな映像でありました。

ただこのテーマ自体、つまり内臓売買や幼児買春などについては以前テレビでインドの貧しい地域でも行われているというレポートを見たこともありましたのでさほどびっくりはしませんでした。でも幼児売買春の具体的な姿――少年・少女たちの被る具体的なひどい姿についてはテレビの性格上ナレーションのみでほとんど詳しく触れられていませんでしたから、この映画によって初めてそのショッキングな内容を知ることとなりました。とても正視できるようなたぐいのものではありません。

そして、この映画はこれらの実態を伝えることによって次の2点を強烈にアピールしています。

・幼児売買春……人間はお金を払えばどんなことでも――人間の尊厳まで冒涜することが許されるのか?

・内臓売買……人間の命は果たしてお金で買えるのか? お金がない者はお金のある者のためにその命を犠牲にしなければならないのか?

もちろんこれらは反語表現であり、疑問文などではありません。しかし、そういうかたちでしか問題提起できない今の時代というものを前提にしているようです。そして資本主義の極みによる弊害という言い方だけで済ませるわけにはいかない、もっと人間の「欲」に潜む根源的な闇について告発しています。

エイズにかかって瀕死の状態のため商品価値を無くしてしまったカイルーンは、黒いごみ袋の中に入れられてゴミ収集車に投げ入れられてしまいます。幸い日本と違い粉砕機は付いていませんので幾分ホッとしましたが、そのゴミがちょうど日本の夢の島のような広いゴミ集積場に置き捨てられます。まだ生きているカイルーンは袋から何とか這いだしふらつきながらも歩き始めるのです。そして遂には山間の貧しい村にある実家までたどり着きます。しかしすぐにも死を目前にしていることが誰の目にもわかるこの少女に、親は竹製の簡易ベッドに寝かせてやるしかありません。そしてついには死んでそのベッドごと焼かれてしまうのです。

この焼かれるシーン、それはそれは哀しいもの……。村の人々が皆その焼かれる火を囲むように無言で見ています。そうした光景――じっと静かに立ち尽くす人々の中で動きのあるのは泣き崩れる母親らしい女のゆれる肩と、犬が後ろ足で首をかいている、それだけです。余りにも凄惨でこういう子供を目の前にしているわれわれとは一体何者なのか、と考えずにはおられませんでした。

一方、そのころ妹のセンラーはお風呂に入って清潔にされ、恐らく人生で初めてであろうきれいな服を着せてもらい心臓移植の行われる病院に到着します。映画では病院に入る玄関のところで映像は終わりますが、もちろんその後どういう展開になるかについて観客は十分理解しています。

それでも映画の後半では何とかこれら闇の商人たちを逮捕して子供たちが救われるというかたちにしてあります。でも、それによってわれわれの留飲が下がるわけでも、問題が解決したという安堵感が生じるわけでも決してありません。これらの現実を生む構造的な背景がしっかりと分かっているからです。そして、これら悪徳の仲介にかかわる人たちのほとんども、こんな現実には嫌気がさしており、心から受け入れているわけではないことが映画の随所にかいま見えているのです。

さて、この映画のラストです。

実は主人公・南部の自殺で終わります。これもまたこの映画の初めから数々の伏線がありました。時折フラッシュバックのように挿入される南部らしき男が幼い男児を連れて夜の街を歩く姿や、児童福祉施設で子供たちと遊んでいる南部を見て施設の女所長が「あら、彼は子供が好きなのね」とつぶやくシーン等々……。そうです、南部もあの忌まわしい幼児性愛者の1人であったのです。

当初は本社の要請から現地記者として内臓売買調査を進めていたわけですが、上述したようにそれらが幼児売買春の世界へとつながるうちに自分の為してきたことの恐ろしいまでの罪深さを自覚していく、そういう内面のドラマとしても撮られていたことにわれわれ観客は気づかされるのです。

そして、われわれ日本人の中にもこうした欲望がふとしたことで出てしまう人間がいるということだけでなく、幼い男児にホルモン注射(性的興奮剤)を過剰に投与して性的玩具にしたあげくその男児を殺してしまった白人女性をも映し出すことによって、幼児買春の恐ろしいまでの普遍性――つまり富裕であれば男性のみならず女性にもその種の欲望があることについても言及しています。そういう告発対象の広さに象徴される深い洞察力には舌を巻くしかありません。つまり、「私」には関係のない遠い世界の話とは誰にも言わせない映画としてもつくられているようです(あるブログでも見かけましたが最後に出てくる南部の部屋の「鏡」はその象徴と言っていいでしょう)。

最後に一言。

予想どおり実に重い、重い映画でした。誰にでもお薦めの作品とは言えませんがそれなりの覚悟をお持ちになれる方にはやはり一度見ておいてよい力作です。

なぜ迷いながらも「見なきゃいけない」と私は感じたのか。それを今考えると、知ることは光を当てることであるからだ、と無意識に感じていたんだろうと思います。すぐにこういった現実を無くすことはできないかもしれません。しかし、まずわれわれがこういう事実をきちんと知ることによって闇の世界は徐々に力を失い、やがては現実を変えていく勢力の一端を担えるのではないか、そんなふうに感じます。そういう意味でもいろいろな方に見てもらいたい映画です。

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