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2010年4月 2日 (金)

『花のあと』

『花のあと』を劇場で観てきました。

主役の北川景子については『ハンサムスーツ』のマドンナ役で見て、その余りの可憐な美しさに惹きつけられて以来、注目してきました。その後ただ美人女優というだけでなく演技力もそこそこある女優としてはっきり認識しはじめたのは、本仮屋ユイカとの映画『Dear Friends』でした。とりわけ不良少女の役をなかなか熱演していたのがとても印象に残っています。

さて、前置きはこれくらいにして映画『花のあと』です。

まず、ざっとあらすじらしきものを。ご存じのように原作は藤沢周平。

時代は江戸時代。東北の小藩の組頭であり、しかも相当の剣の使い手でもある寺井甚左衛門(國村隼)には娘が一人いた。名を以登(いと:北川景子)という。甚左衛門は以登の幼い頃から剣を教え、成長して以登も大抵の藩士の竹刀をたたき落とせるほどの使い手となっていた。ある花見の季節、桜の木の下で偶然藩随一の剣士と聞こえの高い江口孫四郎(宮尾俊太郎)と出会う。二人は短く言葉を交わし一度手合わせをすることを約束する。父・甚左衛門の許しと立会のもと、二人は竹刀で闘う。さすが藩随一の使い手である孫四郎にはかなわず、以登は敗北する。ただ、このとき孫四郎は他の男たちと違って以登を女相手と侮るような気配を微塵も出さなかったことに以登は深く感激していた。そして小手を打たれて思わず倒れかかった以登のからだを支えようと孫四郎に抱きかかえられた瞬間、以登は孫四郎に恋をしてしまう。たった一度の手合わせなのに忘れられない人となってしまうのだ。その後、孫四郎は藩の重鎮である藤井勘解由(市川亀治郎)の謀略に遭い切腹してしまうのだが、以登は孫四郎の自死に疑問を抱き、原因の究明を許嫁の片桐才助(甲本雅裕)に依頼する。才助の調査により見事、藤井の謀略と不正が解明される。そしてついに以登は孫四郎の復讐のために立ち上がる。果たしてその復讐の結末はいかに?

というストーリーです。

この映画の主人公は一応北川が演じる以登という娘=女剣士なのですが、全体を通して見終わると実は彼女の許嫁(いいなずけ)である才助がこの物語の主人公ではないかと私には感じられました。いずれにしろ、激しい殺陣のシーンで女剣士ぶりを美しく撮っていますから、もちろん以登が主人公であることに違いはないのですが、内容をよく検討してみると才助という人物が深いというか、冷静というか、大きいというか、鑑賞後にはとにかく彼についていろいろ想いをめぐらせざるを得ないのです。才助の登場するシーンは本当に少ないのですが、結果的にこの男の魅力を十分に表現している映画ともなっています。そういう意味でも非常におもしろい映画です。つまり、内容の主人公と映像の主人公が二人いるのです。もちろん、映像の主人公・北川景子の美少女剣士ぶりはエンターテイメント性たっぷりできちんと魅せてくれますから、これにも満足できます。また、映画全編にわたって流れる「和の様式美」にうっとりさせられる点も見逃せません。

ここからネタバレ注意

花見の帰りに偶然孫四郎と出会い試合の約束をするのですが、あらすじでも述べたようにここが起承転結の「起」の部分です。そして父・甚左衛門の立会のもと寺井家の庭での試合が「承」です。ここまでで、女剣士・以登と孫四郎の腕比べという単純なストーリーが語られます。しかし、孫四郎の誠実な立ち合いぶりに以登は初めて恋を感じるのです。

しかし、一方で以登には才助という許嫁がいますから、恋の成就は叶わぬことです。そうこうする内に孫四郎にもよい婿の口が見つかり妻を娶り、藩の職に就きます。ここが「転」となります。

ここで一つ付言しておくと、才助は五男、孫四郎は次男だということです。今ではもちろん考えられないことですが、当時においては長男でない次男以下の男たちはいわゆる部屋住みと言われ、武士のなかでも最下級の身分でありました。家を継げないということは、職も禄(給料)も無いということです。このことを知らないとこの辺りの成り行きがよくわからないかもしれません。寺井甚左衛門には息子が無いので当然婿を入れるしか家の安泰を図れません。才助は五男ですから喜んで寺井に婿入りします。そうやってようやく武士として藩の仕事に就けるわけです。そして、同様に息子のいない内藤家に孫四郎は入り婿となり、藩の仕事を得ることに成功するのです。

ところが孫四郎の妻・内藤家の一人娘・加代は、実は藩の重鎮であり妻子もある藤井勘解由(ふじいかげゆ)と不倫関係にあったのです。しかもこの密通話は藩のなかでも誰一人知らないものはないくらいに噂が広まっていたものでした。当然、孫四郎の耳にも入っていたのですが、そこは部屋住みのしがない次男坊の悲しさ、とにかくわかっていても加代の婿として落ち着くしか自分の道は開けなかったという背景があるのです。

そして、いずれは決着をつける運命にあった孫四郎と藤井勘解由は部下と上司の関係でもあります。この後の展開は、ちょうど忠臣蔵の浅野内匠頭と吉良上野之介の物語と似たような話です。要するに藤井勘解由が間違った「しきたり」を教えて孫四郎は使いに行った江戸で大恥をかき切腹するというストーリーです。

ところで、やはり歌舞伎役者ですねぇ、藤井勘解由役の市川亀治郎の顔つき、眼光の鋭さなどオーラが全然違います。一人ぬきんでていました。

それはともかく勘解由に騙されたと知ったうえで藩主の顔に泥を塗ったことに責任を感じて哀れ孫四郎は切腹してしまうのです。

それを伝え聞いた以登はいても立ってもいられません。ほかに頼る者のあろうはずもなくついに許嫁・才助にどうして孫四郎が死んだのか探ってほしいと頼み込みます。才助は江戸に5年ほど学問所に通った人物として紹介されていましたが秀才の一人だったのでしょうか。その辺は映画を観ただけではわかりません。しかしエピローグでナレーションされたように後に藩の家老にまでなった才助の才覚はかなりのものだったようです。友人の協力も得てついに勘解由の謀略であること、そして勘解由は藩内の商人と組んで賄賂をもらい不正をしていたことまで突きとめます。

さあ、これらの謀略・不正を知った以登は、ついに復讐に立ち上がります。

って、えっ? でも、何でそこまで孫四郎のために復讐までしなきゃならないんですかね。いくら自分を「女だてらに」と馬鹿にしなかったとか、ほのかに恋心を抱いたからと言ってすでにお互いの恋は不可能であり、また許嫁もいるのにとも思うのですけど。

まあここら辺の以登の気持ちは今の私たちの感覚ではちょっとついていけない部分もあるのですが、そこはやはり江戸時代という時代精神や時代感覚そして男まさりで正義感の強い女剣士の潔癖さからということにしておきましょう。

賄賂をもらって藩政を私しているという手紙を差し出して藤井勘解由をおびき出します。そして決闘シーンとなります。ここが起承転結の「結」の始まりですね。

さて、この辺りから才助という人物がとても不思議な行動をとります。まず、藤井の謀略と不正を調べ上げて以登に教えるのですが、上記したように以登はすぐに復讐のために決闘する旨を告げます。当然許嫁の才助としては嫁になる娘をおめおめと決闘に一人で差し向けるわけにはいきませんから、「俺も一緒に立ち会おうか」と助太刀を申し出るのですが以登は断ります。
断られてさすがに才助は「前から聞こうと思っていたんだが、何でそこまでして孫四郎のためにするのだ。一体、孫四郎とはどういう関係だったのか?」と当然の問いかけをします。

「一度、試合をしただけです」。以登は凛然として言い放ちます。

その一言を聞いて才助は納得します。というか、納得するしかないのです。ここの演技はなかなか難しいところだったように思いますが、その難しさをよく伝えるものとなっていました。才助役・甲本雅裕もなかなかうまい役者ですね。でも、ここで引き下がる婿さんも婿さんだなぁ、との思いはぬぐい切れません(笑)。

藤井勘解由に宛てた手紙の文面を、映画では以登が自分で書いていましたが、当然賄賂の情報なども書かれていましたから、勘解由をおびき寄せるための文面については才助も一枚噛んでいたのでしょう。そうでないと、後に決闘場所に才助が登場する理由がわからなくなってしまいますから。

決闘場所に行く勘解由には、実は3人の家来たちがついてきていました。一人立ち向かう以登。3人を何とか倒しますが、一人に腕を斬られます。それを見て余裕で迫る勘解由。ついに二人の決闘シーンです。腕を斬られ右手が利かない以登は左手で刀を持ち応戦しますが、刀をはね飛ばされてしまいます。右手は負傷、左手は素手という絶体絶命の状態。

私は劇場でこのシーンを見ているとき、ははぁ、ここで才助が登場するんだろうな、と思っていました。そして、才助は実はなかなかの剣の使い手であったという落ちか、とも考え始めていたのです。

でも次の瞬間、引きのカメラで立ち会う2人の遠く映し出された映像では確かに以登は助かったようでしたが、才助らしい人物の影も見えません。おや、どうなったんだろう、と注目していましたら、ゆっくりと画面が近づき勘解由のからだに短刀が突き刺さっていたのです。そうです、「才助の妻となるにあたって用意したのだ」と父・甚左衛門から与えられた短刀でした。勘解由が最後のとどめを刺そうと刀を振りかぶったときのわずかな隙をついてこの短刀を突き刺したのでした。さすが女剣士、すごいですね。

さて、ここで才助が登場します。

以登の傷の応急手当てをして「後の処理はおれに任せろ」と以登を逃がすのですが、この辺がとても不思議なストーリー運びです。だって、あわや自分の嫁となる人が殺されそうになっているのに、そのまま見過ごすという判断をしていたことになりますから。あるいは以登の短刀による反撃を予想して勝利を確信していたのでしょうか。さほどの剣の使い手とは思われない才助なので、そういうことはとても考えにくいのですが。

でも、勘解由がこの決闘場所で以登に問いかけたときに、「一人で来たのか?」と問いかけますが明らかに人の気配を感じなかったからこその一言でした。つまり、そのときに才助は来ていなかったのか、あるいは気配をまったく消すことができるほどの力があったのか、などといろいろと想像をかき立てられてしまうのです。

ところが、まったく別の考え方もできます。才助は、実はここで以登が殺されたとしてもそれはそれで仕方がないとして、後の処理をするために来たのかもしれないのです。それもまた自分の運命として受け入れる大きな諦観・度量みたいなものを持っていたのかもしれません。そして、そっちの方向で考えていったほうがこのドラマの奥深さをより感じられるように私は思います。彼は腕は立たない。だから、助太刀などはできない。でも家でずっと待っているほどの憶病者でもない。ただ、どのように経過がたどろうと、結果に応じて処理をするつもりだった。そういうことではなかったか。そこには、自分の無力感もあったでしょうし、またやはり孫四郎への嫉妬の念もかすかにあったかもしれません。

それになにより、この当時の時代にあってはどうしようもないことが多かったんでしょうね。部屋住みの件にしてもそうです。運命というものをコントロールしようなどとしない、いやできないのですからただただ流れに沿って生きるしかない。そんな人々の物語の一つとして受けとってみるとまた違った映画としても見られるように思います。

そうそう最後に近いシーンで父親・甚左衛門と医師との会話のなかで、甚左衛門はこの娘の事件をすっかり知っていることがわかりましたが、この辺の事情と才助とのつながりがどうなっていたのか憶測は深まるばかりです。まあ、刀傷を受けた娘をみて事情をしったのかもしれませんが、それとも事前に才助と話し合ってもいたのか、うーん、謎ですね。

ところで、この映画のよさについてぜひ一つ挙げておきたいのは随所に見える立ち居振る舞いの美しさです。クランクアップの後、北川景子が語っているところによればこの映画でいちばん辛かったのは礼儀作法だったそうです。障子の開け閉め、正座、姿勢など古来日本に伝わる礼儀作法がきちんと示され、それらが映画全体を包む美しい佇まいとなっています。ゆったりとした作法の一つひとつにかつて日本にあった美の様式をたっぷり、ゆっくり味わうのもこの映画を楽しむ一つの方法でしょう。事実わたしはそれを楽しんで見ることができました。

エピローグで才助は藩の筆頭家老にまでなり、しかも”あろうことか”以登に7人の子供を生ませたとおばば(後の以登)にナレーションさせています(笑)。いやあ、めでたし、めでたし! 後味のすっきりとした映画の一つでした。

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