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2011年2月12日 (土)

『毎日かあさん』

きょう、『毎日かあさん』を見てきました。

監督は小林聖太郎、西原理恵子役に小泉今日子、鴨志田穣役が永瀬正敏、長男文治役に矢部光祐、長女ふみ役が小西舞優という布陣です。

昨年の暮れころにNHKの番組に漫画家・西原理恵子さんが出ていて、この映画の話をしていたのを記憶していたので、だいたいのストーリー展開はわかっていました。

戦場カメラマンだった鴨志田さんと結婚した理恵子さんは、2人の子供をもうけます。ところが、鴨志田さんはアルコール中毒となってしまいます。彼と西原さんの壮絶なアル中との闘いや、やがて迎える鴨志田さんの死に至るまでを自伝的に物語ったストーリーを映画化したものです。

いつごろでしたか、西原理恵子の名前はどこか頭の隅にありました。週刊誌の4コマ漫画か何かを見た記憶があります。漫画家とはいえ、決して絵がうまいとは思えない作家だったのと、漫画で描かれる内容が女性にしては思い切りのよいユニークさが光っていたので覚えていたのでしょう。いつの頃からか「下手うま」という漫画の分野もありましたから、おそらくそういう分野の漫画家さんの1人かなぁ、くらいに思ったりしていました。

それはともかくNHKの番組で見たときに真っ先に思ったのは、予想以上にべっぴんさんだなぁ、ということ。これはおそらく多くの視聴者が感じたことじゃないでしょうか。確か漫画の主人公の絵の女の子もまん丸な黒目の持ち主だったと記憶していますが、西原さん本人も大きなまん丸黒目だったので二度びっくりでした。

ところでこれから見る人に対してこの映画を勧められるかといえば、即答、YESです。
映画館から出るとき、後ろを歩いていた女性の二人連れのこんな会話を紹介しておきます。

「この映画は、笑っているその裏に泣ける気持ちがあったり、泣いてるその裏で笑ったりするんだよね」

ここからネタバレ注意!

まずは映画のストーリーです。元戦場カメラマンの夫は、精神的に相当無理して戦場で過ごしたのでしょう、日常生活のほんの些細なところで微妙におかしな部分が出てきます。

ある日、公園で水鉄砲遊びをする子供に出会うのですが、突然子供の手から水鉄砲を取り上げようとします。鴨志田さんにとってそのとき脳裏にあるのは、中東紛争地域で子供が殺された銃と重なっていたからです。しかし明らかに日本では異常な行動でした。そばに居た子供の母親から「うちの子供の水鉄砲に何するの!」と激怒されてしまいます。またドッグフードを食べて、こんなにうまいもの、戦場の子供たちにはなかなか食えない、と主張したり、生活の端々に精神の歪みを感じさせる行為がみてとれるのです。

ここでちょっと横道にそれますが数年前、日航機御巣鷹山墜落事故を描いた『クライマーズ・ハイ』という映画がありました。もともと「クライマーズ・ハイ」とは、登山者(クライマーズ)が頂上をめざして危険な場所をも何のその、どんどん登っていく興奮状態が極限まで達し、恐怖感が麻痺してしまう状態のことをいうのだそうです(「ハイ」の使い方は「ランニング・ハイ」と同じですね)。ただ、恐怖感が麻痺するのですから、それだけ心理的に無理をしているわけで、その恐怖感は心理的に未消化の状態にあります。そして、このハイの状態から日常生活に戻った場合、その未消化の部分がPTSD(心的外傷後ストレス障害)となる人もいるということのようです。
それを日航機墜落事故直後の現場の惨状をみた地方新聞社の記者の、あまりの恐ろしい光景に恐怖感が麻痺してしまうことに重なり合わせたのでした。結局その記者は、平静な日常生活に戻れなくなるほど精神に変調を来し、ついには道路を走る車に飛び込み自殺してしまいます。いわば「墜落現場目撃者・ハイ」となったわけですが、それをクライマーズ・ハイの言葉にかけてこの映画のタイトルとしたものでした。

鴨志田さんも実はこの「クライマーズ・ハイ」と同様の状態で、いわば「戦場目撃者・ハイ」になっていたと思われます。戦場でのあまりにも恐ろしい体験が未消化のまま平和な日本に帰国しても、その精神的トラウマから逃れられず、ついには自殺するか、アル中になるくらいしかなかったのではないでしょうか(もちろん精神科医にかかって治癒の道を探る手もあったのかもしれませんが、この映画ではその自覚がまったく無かったように思われます)。したがって、アル中が彼の真の病ではなく、実は一種の精神疾患だったのですから、鴨志田さんも西原さんもかなりつらい想いをされたように感じます。

物語に戻ります。

ついに理恵子さんは2人の子供を引き取り離婚を決意します。夫も仕方なく承知して放浪の旅に出ます。しかし、実は元夫婦間でメールのやりとりは折りにふれ続けられるのです。

そうこうするうちに、鴨志田さんは断酒病院に入院することにしました。そして退院まで実に努力するのですが、果たして……。退院したとたんすぐに酒を飲んでしまうというていたらく。そんな繰り返しが過去にも何十回、何百回も続いて来たのですから、理恵子さんももうあきらめきっています。

ただ、子供たちにとってはやはりよき父親であり、子供たちの父親を慕う気持ちまでコントロールはできません。まあ、実は理恵子さん自身も本当は彼を捨てきれない想いもあったようですね。もちろん父親である鴨志田さんも、子供たちだけは本当にかわいくて、娘のフミちゃんにはもうめろめろ状態です(また、子役の小西舞優ちゃんがホントにかわいいんです)。

やがてついに鴨志田さんも何とかアル中から解放され、やっと家族4人の平和な日々を送ることができるようになりました。

しかし、ドラマの常というか、いや実話なのでたいへんお気の毒なことにというべきでしょう、彼の病魔はアル中からガンに移っていたことが判明します。そして、ついに医師から宣告されるのです。

「よくもって、あと半年の命でしょう」

理恵子さんのショック。離婚したとはいえ、一生懸命断酒自助会でアル中から離脱してやれやれと思ったら、今度はガン。それも半年の命というご託宣ですから、これはもう言わずもがな……。

さあ、ここからがきょう私がいちばん感動したシーンです。

自らの間近な死を覚悟した鴨志田さんとその子供たち、そして理恵子さんとの最後のやわらかな家庭生活がつかの間続きます。

公園に家族そろってのピクニック。そして3月3日の花祭りの日を迎えます。鴨志田さんはプロカメラマンとしてでなく、子供たちの父親としてその腕をふるいます。かわいい娘のあでやかな着物姿を撮り、日本のどこにでもある幼い女の子をもつ家庭の姿の一コマ一コマを写真に撮ります。もちろん、おきまりの家族そろっての記念写真も。全員にこやかに映っています。

そして楽しかった日の夜、ちょうど祭りの後の静けさを感じさせるシーンなのですが、それはなんと玄関でした。玄関にある2人の子供たちが脱ぎ放ったズックの姿をしみじみ見つめ、その少しゆがんだままの靴に向けてゆっくりシャッターを切るのです。

わたしは、このシーンに来てなぜだか涙がこんこんとあふれてしまいました。脱ぎ放たれた履き物って、何だかすげぇーって思うんです。もう完全に意表を突かれました。

ちょっと向きがずれた脱ぎっばなしの履き物————それが、こんなにとてつもなく人の存在、生き生きとした時間を感じさせるものだったとは……。しかも、人がいてはじめて当たり前の場所となる玄関と靴なのに、そこに人がいないときの静寂と余韻の深さ。それらをいちいち確認している鴨志田さんの姿に、やはり死を目前に覚悟した人のリアリティを感じてしまったのです。

やがて最期の日を迎えます。鴨志田さんは理恵子さんに「君のおかげで子供に対して悲しい別れ方をせずに済んだ。本当にありがとう」と言います。アル中のまま離婚してそのままどこかでのたれ死んでいた可能性もあったことを考えての、心からの理恵子さんに対する感謝の言葉でした。

そして、そのときはやってきました。

自宅に安置された遺体を前に泣きっぱなしの理恵子さん。そこに、2人の幼な子たちが精一杯の気を遣いながらそっと彼女に近寄ってきます。そして2人はいきなりおかしな顔をして一生懸命理恵子さんを笑わせようとするのです。

その子らのありがたさに2人の子を抱きしめながら泣き、そして笑ってしまう理恵子さんでした。

この映画の詰まるところのテーマはやはり「子はかすがい」ということでしょう。
理恵子さんと鴨志田さんのアル中を介しての壮絶な闘いと2人の相克も強烈なのですが、結局子供たちの存在によって理恵子さんも鴨志田さんも否応なくより温かく、より賢明な方向へ引っ張られて行ってしまう映画として描かれていたように思います。

もちろん夫婦間の実際の相克の姿はずっと深刻なものだったのでしょう。NHK番組に出たときの西原さんの話でも、ちょっとそれをにおわせていたように記憶しています。しかし、映画としてはこれで十分です。

この映画をみた後、万葉集・山上憶良のあの有名な句を思い出しました。

『銀(しろがね)も 金(くがね)も玉も何せむに 勝れる宝 子に及(し)かめやも』
(金銀宝石といっても何の役に立つものだろうか。子供に勝るものなど決してありはしない」くらいの意味でしょうか)

ラストシーンで理恵子さんは子育てを評して「世界の女たちみんながやっていることを、きょうも私はやっている」とモノローグします。これにも、ぐっと来ましたね。女は命の養いびとであるがゆえに、母親となったときの強さも十分に感じさせる印象的なモノローグでした。

そうそう、ついつい最後になりましたが、役者さんの話を忘れてはいけません。この作品の配役は、すべて皆はまり役だったように感じます。この物語が実話であり、そのモデルもよくわかっていたので、少しでも違和感が生じる可能性もあったのだと思いますが、上記したように見ているなかでそんなこと微塵も感じさせませんでした。キョンキョンはもう西原さん本人とまったく同じとして見ていましたし、もちろん永瀬正敏の鴨志田さんもイメージどおりでした。そして、子役2人が実にいい味を出していたことはぜひ特筆しておきたいものです。

後味もよい温かな作品でした。

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