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2017年6月30日 (金)

京都橘吹奏楽DMPの魅力の源泉はいったい何だろう? その3

小説『響け!ユーフォニアム 立華(りっか)高校マーチングバンドへようこそ』を読む【2】

前エントリーに引き続き、この小説に描かれるシーンを見ていきますが、ちょうど熊田先生と新一年生の出会いの場面がありますので、そこから始めます。

(9)推薦で立華高校に入学が決まった中学生は、ほかの生徒たちが入学するより早い時期、三月中旬ころから部活の練習に参加しているという。そんなとき、入学前の中学生と顧問の熊田先生が初めて出会うシーンがあります。地の文も入れると長すぎるので、会話のシーンだけ抜き出してみます。


熊田「新入部員の子が来たらいっぺん聞いたろうと思ってたことがあんるんやけどね。ぶっちゃけみんな、シングってどう思う?」
熊田「いやね、ウチ、毎年シングやってんのよ。こう何年も同じ曲やってるとな、ほかの曲やったほうがええんかなとか心配になるわけ。でも、先輩部員たちに聞いても私に気ぃ遣いよるやんか。やから、ピッカピカの一年生諸君に聞いてみようと思って。ほれ、そこのアンタはどう思う?」
梓「えっ、私ですか?」
熊田「シングってどう思う? やりたい?」
梓「やりたいです! 私、シングやるために立華に来ました!」
生徒A「私もやりたいです」
生徒B「私も」
熊田「そんなふうにみんな思っているんやったら、やっぱここでシングをやめるわけにはいかへんね」
[前p.92~94]

・・・これは、京都橘でも似たような事実があったのではないかしら、と思わせる会話です。田中先生のお客さんや部員に対するサービス精神の表れとも取れますし、またシングの力を再確認したい意図もあったのかもしれません。実際、毎年のパレード曲にしてもドリル・メドレーにしても、本当にいろいろな曲が更新されています。

例えば、ことしのドリルではノーランズの『ダンシング・シスター』や奈良での『エル・マンボ』、バレードでは『Happy』や『恋のカーニバル』といったノリのいい曲でお客さんを楽しませてくれます。それが常に新鮮な橘サウンドを形成しています。もちろん、シングや『ダウン・バイ・ザ・リバーサイド』のような固定曲もあるので、なじみ感の中にも新鮮さを打ち出す心憎い演出といえます。

ただ、更新される曲の古さから言ってこれらの選曲はおそらく田中先生がされているのでしょう(注1)。シングの賞味期限を心配されているお気持ちは十分理解できますが、シングはおそらくこの先もずっと人気のある、橘がこれをやらないで帰ることはできない曲となり続けることに橘ファンの誰もが異論のないところでしょう。奇跡的といっていいほど編曲も振り付けも完成されているからです。

(注1)ことし2017年の「3000人の吹奏楽」では、なんとセーラームーンの『ムーンライト伝説』が選曲されました。さすがにこれは田中先生の選曲というより、生徒たちと一緒に決めたと考えるのが自然かもしれません。

さて、このシーンの場で熊田先生は次のように自身の部活への思いを語ります。ここも非常に京都橘を知るのに重要かと思いますので、全文引用しましょう。すべて熊田先生の言葉です。


「みんなね、多分ウチの学校でいろいろ頑張ろうって思ってここに来てくれたんやと思う。でもな、最初に言っておくと、私自身はあんまコンクールとかコンテストとか、そういう賞に絡むって興味ないねん」
ぶっちゃけさ、と先生は言葉を続けた。
「ウチって強豪やん? 去年もマーコンは全国で金やったしさ。でもねそういうコンテストの結果って、私からするとオマケみたいなもんやねん。努力の副産物って言ってもええわ。ウチはべつに、金賞取るためにマーチングやっとるわけやない」
(地の文、省略)
「みんなの三年間を預かるわけでしょう? それやったら、私はみんなに特別な体験をプレゼントしてやりたい。ウチやないとできひんことを、みんなには味合わせてやりたいねん。やから立華は特別を目指す。結果なんてもんは、そのついでについてくるもんや」
そう自信たっぷりに言い切り、熊田先生は不敵に笑った。
「立華やないと行けへん場所に、私がアンタらを連れてったるわ」[前p.94~95]

・・・創部以来の部活モットーである「よそで経験できないものを体験させる」が明確に田中先生の中にも息づいており、先代の平松久司先生から脈々と言い継がれていることがわかります。でもそれであれば、顧問の先生があまり部の運営・指導に細かく関わらないというのは、どういった背景があるのか気になるところではあります。

そこで、俄然興味の対象となってきた田中宏幸先生をググッてみたら、こんな資料を見つけました。先生の卒業された母校・大阪音楽大学の広報誌で『Muse(ミューズ)』という冊子があり、その2012年9月号[Vol.223]に先生のこんな記事があります。
https://www.daion.ac.jp/muse/a5a6tu000000v2oz.html

「大音卒業生が語る"音楽と生きる"人生」というテーマで、p.8~9の見開き2頁にわたって執筆されています。大音時代がいちばん楽しかった、という趣旨の標題ですが、その中にこんな一文が書かれています。教育実習で出会った担任の先生から、こんな助言があったそうです。

「成り行き任せでなく、『どんな生徒に育てたいか』という意思を持って生徒に接すること」

この言葉を今でも大切に心にとめているとのことでした。

田中先生の高校時代は吹奏楽部がなく、今の京都橘の生徒たちの血のにじむような練習の姿にはちょっと申し訳なく感じるほど、コンテストなどと無縁の高校生活だったようです。それでも、大音時代の多くの友人たちとの交流・切磋琢磨の日々を送るなかで--ここからは私見ですが、おそらく同じ目的の集団(学内に「吹奏楽研究会」を立ち上げたそうです)で他人からの指示でなく何でも自ら計画・実行することのおもしろさや大切さを見出したのではないかと思われます。そういった経験から、田中先生の育てたい生徒の姿のひとつが、京都橘の吹奏楽部にいま結実しているのではないか、と思うのです。とはいえ、あくまでこれは私の推測です。ひょっとすると、先代の平松先生時代からの伝統の可能性もありますので。

(10)さて、いよいよマーチングの振り付け、構成の実態です。梓の属するトロンボーンのパート・リーダー高木栞との会話からわかります。栞がパート・リーダーのほかにもう一つの役職・マーチング構成を担当していることを知って梓はびっくりして、どういうことか説明を求めます。栞が話し出すシーンです。

栞「いやね、立華って毎年生徒がマーチングの振り付けやら構成を考えんのよ。それがもう大変で大変で、合宿中とか夜中までほかのマーチング構成の子らと頑張って会議するのんやけど、なかなか決まらんくて…」
梓「いやいやいやいや、ちょっと待ってください、フォーメーションを部員自身が考えてるんですか?」
(地の文、略)
栞「うん? やからそう言ってるやん」
梓「信じられないです」
基本的にマーチングのフォーメーションというのは専門家やプロに依頼して作成してもらうことが多い。世の中にはマーチングの指導者が数多く存在しており、彼らに頼んでコンテを切ってもらうことは特段珍しいことではなかった。梓が通っていた北中でも、顧問の知り合いの指導者にコンテの作成をお願いしていた。
マーチングにおいて、構成はかなり重要な役割を担う。どれだけ部員たちの能力が高くとも、それを発揮できる構成でなければ意味かない。部員たちの実力を見極め、なおかつテーマとする曲に合った構成をつくるというのは、素人には至難の技なのだ。
栞が照れたように頭をかく。
栞「先輩らの演技とかいろいろ参考にしてるけどね。まあでも、考えたあとにちゃんとマーチングの先生のアドバイスはもらってんで。三川先生っていう外部の先生がいはんねんけど、その人に見てもらってる」
梓「いや、それでもその原型は自分たちで考えているってことですよね。すごいです、ビックリしました」
[前p.97~99]

・・・実は『笑って! こらえて』の中で、田中先生が当たり前のように「振り付けは生徒自身が考えます」と答えたとき、そんなにびっくりしませんでした。ずぶの素人である私などは、単にどの学校でもそういったものだろう、くらいにしか考えなかったからです。でも、よくよく考えれば本書の説明にもあるように構成や振り付けはマーチング・コンテストでは最も重要なものであり、したがって専門のコーチを迎えている学校も多いことを知り、これはものすごく異例のことと気づきました。

確かに生徒たちの能力と曲と表現したいものなどを総合して構成・振り付けが案出されるわけですから、常にナマものという意味で微妙に毎年変えざるを得ないものでもあるでしょう。考慮せねばならないポイントがありすぎるくらいありますから、非常に難しい課題です。

ただし、生徒たちが振り付け・構成をする場合、外部の先生よりも優位かもしれないところが二つあります。自分たちの能力・力量というものを、いちばんわかっているところと不都合があれば、すぐその場で修正を決定できることです。少なくとも三年生なら、過去2年分の経験があるわけですから、どの点がことしの強みであり弱みかについて気づいているはずです。だからこそギリギリのところを狙うことも可能です。外部のコーチなら、責任上安全策の側に立ちたいところを、自分たちだからこそ能力の限界に近いレベルまで押し上げようとする気概も十分期待できます。この辺りも、京都橘の魅力の大きな源泉のような気がします。

(11)マーチングバンドの演奏・演技レベルについてトロンボーンのパート・リーダー未来が梓に語るシーンもぜひ見ておきたいシーンです。楽器を演奏する部員の技倆の差について不満があるものかどうか、という話題です。これも少し長いのですが引用します。

未来「どんな分野にしろ、どんな場所にしろ、レベルの差ってのは生まれるわけ。これはもう仕方のないことやと思う。吹奏楽っていうのは、この下位のレベルの人間をどこまで上位に持っていくことができるかが勝負の分かれ目やと思うねん。なんせさ、団体競技やん。一人だけスーパープレーヤーがいたって吹奏楽じゃ上に行けへん。マーチングでも座奏でも、みんなが上手くならんとあかんわけ。一人足を引っ張るやつがいたら、その時点でもう全部台無しになる」
(地の文、略)
未来「三年がやたらと一年生に厳しいのは、これが理由。お客さんはさ、誰が先輩で誰が後輩とかわからんの。まだ一年やしできひんくても仕方ないな、とは絶対に言ってくれへん。だから三年は本番までに必死に後輩たちをしごいているってワケ。でも、指導してたらやっぱわかんの。能力がある子とない子の違いっていうか、差みたいなもんを」
[後p.124~125]

・・・社会人ならすぐにわかることですが、この未来の言葉「お客さんには誰が先輩で誰が後輩とかわからない」というのは、あらゆる職業の組織において新人に求められる最低限の顧客に対するマナーです。どんな企業組織でもその社員が新人だからミスが許されるということは決してありません。例えばお客さんからの問い合わせ電話に出たのが、たまたま新人の場合、彼にとって初めての経験だったとしても、その電話の向こうにはその新人が自社の製品・商品知識のすべてに通じたプロとして扱われるのであり、そういう経験を繰り返し積むことで初めてプロフェショナルな社員・社会人として成長していくのでした。

だから三年生は一年生に厳しく指導する。これがきちんと伝統的に引き継がれているのが立華ひいては京都橘のすごさにつながっているのでしょう。それが『笑って!こらえて』のバリトンサックス奏者の一年生Tさんに「正直、橘を舐めてました」と言わせたのかなぁ、とも思います。そりゃあ、中学を出たばかりの高校一年でいきなり社会人並みの扱いを受けるわけですから無理もないことです。いっぱい泣くのも、あるいは残念ながら部活を続けるのを断念する生徒も出てくるのも、これは致し方のないことです。

(12)橘のパフォーマンスのなかで、私が個人的にいちばん癒やされた気分になるのが、彼・彼女らの笑顔です。これについても、実は練習のなかでかなり叱咤・注意されているシーンがあります。マーチングの京都府大会を目前にした日、グラウンドでドラムメジャーの南が手足の向きや角度に眼を光らせながら指導しています。

「顔怖いでー、笑顔ー!」
演技中にも南の声はビシバシと飛んでくる。前日の練習ということもあり、その声音にも鬼気迫るものがあった。
「立華は本番で笑顔以外見せません! お客さんにそんな陰気くさい顔見せんの?」
下がりそうになる口角を無理やり持ち上げ、部員たちは笑顔をつくる。音楽が始まれば笑顔になること。それが立華高校のルールである。たとえ指導で泣かされても、曲が始まれば無理やりにでも笑顔をつくる。苦しい顔は決して見せない。それが、立華高校のプロ意識だ。[後p.153~154]

・・・ここでは「無理やりにでも」とありますが、私は動画越しに見るだけですが無理に作っている笑顔に出会った記憶がありません。それでも、恐らくは泣きたいくらい辛い体勢などで吹いたり、太鼓を叩いたりしていることもあるはずです。しかし、それをいかにも楽しそうに演じてくれる。いや、実際に楽しんでいる。それを見るとき、自然にこちらは笑顔になります。

ことしは動画撮影されませんでしたが、2015年、2016年のブルーメの丘のシングは、すぐそばで撮影されたため、シングが終わった「ヘイッ」の直後のメンバーたちのハーハーと荒い息づかいを見ることができました。それにもかかわらず、笑顔でいる姿には思わずこみ上げる思いさえしてしまいます。いずれにしろ、演奏中はむしろ本当に素敵な笑顔の子が多いことに心が奪われます。だからこそ、見ている人の多くが「元気をもらった」、「癒やされた」、「気分が晴れやかになった」とコメントするのだと思います。

2011年アナハイム・ディズニーランドでのパフォーマンス中の彼女たちの笑顔を見てください。これが、日本女性の笑顔であります。日本の宝です。ぜひ2018年ローズパレードでも存分に披露してほしいものです。

           ***************************************

さて、『響け! ユーフォニアム 立華高校編』をもとに、京都橘の魅力の源泉につながりそうな文節を引用しつつ、つい長々と書き連ねてきました。実は、このほかにもこの小説には、橘の魅力を支えるいろいろな話がいっぱい詰まっています。例えば、水色(オレンジ)の衣裳のミニスカートに基準がある話や、毎年マーコン京都府大会へ行くときの緊張状態そして京都橘は踊りは上手だが演奏に課題が残るという件に関する話題など、いずれも興味深い話があります。その辺りは、ぜひ小説でお読みになることをお薦めします。

著者の武田綾乃さん自身が小学校で金管バンドに、中学校では吹奏楽部に所属した経験をもち、しかも京都・宇治市育ちで年齢も部員たちにかなり近いですから、京都橘の実態を知るにこれほど最適な人はいません。小説のテーマ自体は思春期の女子生徒同士の人間関係のあれこれを描きつつ、さまざまな経験から人格を陶冶していく物語のようですが、私は立華高校吹奏楽部という伝統をどのようにつないでいくのか、その物語としておもしろく読ませていただきました。

ついでに言うと、最後のエピローグで三年になった梓部長が後輩の恵里佳に対して「お礼は本番の演技でええよ」というシーンが、この小説のテーマ(私にとってですが)に即した読後感を非常にさわやかにしてくれたことが印象的です。

このブログの本来のテーマに戻ります。橘の魅力の源泉を探ろうとしたとき、私の頭の中には実は彼らの演奏・演技に「生命力」を感じたことがあります。その生命力の源泉を何とか知りたいものだ、というのがこれらエントリーのきっかけでした。

もちろん、アートやエンターテインメントの世界について分析的に語っても、決して言葉でまとめられるものとは考えていません。また、こういう試みがまったく不毛との考え方もあるかと思います。それでも、私は何とか魅力の源泉に少しでも近づけないものかとここまで書き進めてきたわけです。そして、現時点での個人的な見解として、どうやら以下のようなことに魅力の源泉がありそうな気がします。便宜上、表と裏に分けます。

《魅力の源泉:表》

ズバリ、運営・管理を生徒に任せ、振り付け・構成を生徒たち自身が創造する。この点にあるような気がします。

部長、副部長、ドラムメジャー、トランペット、トロンボーン、ホルン、ユーフォニアム、チューバ(バス)、クラリネット、フルート、サキソフォン、パーカッションそしてガーズの各パート・リーダーという合計13名プラスαの幹部会でおそらく振り付け・構成を考えるのでしょう。これらの十数名でマーコン全国大会なら81名の動きから振り付け・構成を一から考案しなければなりません。

参考になるのは、自分たちが経験した2年間の例とそれ以前の例(ビデオ)だけです。そして、自分の代での強み・弱みを分析・評価して、演奏曲に合った構成と振り付けと動きを考案しなければならないのです。それも、幹部の三年になってから約半年で、実際の仕上げまで持っていく必要があります。ものすごい集中力と創造力が必要とされます。

ホウレンソウが必要になった背景には、おそらくこのような短期間にあまりにも多くの事柄の考案・検討・決定・練習・再検討などが必要だったからでしょう。ムダな時間が取れないのですから、企業組織並みの効率が求められるということです。

そして、こうして作られれば、おのずからダンシング&マーチング・パフォーマンスには愛着が湧いてくるはずです。新一年生や二年生にとっては、とにかく身近な先輩である三年生が考案してくれた振り付け・構成です。大人が勝手につくったからとか、他人事と傍観して練習するわけにはいきません。もちろん、考案した三年生は皆必死でしょうし、小説にもあったように下級生には厳しくなります。これらが、相俟って各メンバーもろともパフォーマンスに対する責任感はものすごく大きなものになります。まるで一人ひとりにとってパフォーマンス全体が自分の作品と言ってもいいくらいになるのでしょう。部員全員でつくりあげた一つの生命の誕生です。

そのうえ、YouTubeの広がりで年々わたしのような地方住みのファンまでたくさん出て来るのですから、今までの先輩たちの伝統・実績を自分たちの代で地に落とすような真似は決してできないというプレッシャーも並み大抵のものでないことは容易に想像できます。

その代わり、それらを必死にやり遂げると普通の高校生では味わうことのできないエンターテインメント・シーンの数々を体験できるのです。そして、客を喜ばせるとはどういうことか、自分が人の役に立つためにできる努力とはどういうものか、という後々の人生でものすごく役に立つ経験を数多くものにすることができます。

また、努力に見合った発表の場は、田中先生をはじとする学校側のサポートによってアメリカ遠征を含めたくさん用意されます。毎年、自分たちで新たな命を吹き込んだパフォーマンスが多くの人たちに感動を与えることによって、今までのすさまじい努力・苦心・忍耐が見事に報われます。これが「京都橘でしかできない体験」(創部以来のモットー)ということでしょう。

《魅力の源泉:裏》

生徒たちにマーチングに関わる運営・構成・振り付けを任せられていることを「表の源泉」とすれば、その裏には、当然これらをサポートする学校側の支援体制がなくてはなりません。それが田中先生であり、横山コーチということです。

この体制が京都橘吹奏楽部の伝統なのか、それとも田中先生になってからのものか、それはわかりません。しかし、この体制はある意味京都橘だからこそ、できるのかもしれません。

どういうことか。一つは毎年入る新入部員生徒数が他の強豪校に比して極めて少ないことです。しかも吹部未経験者が少なく、各中学吹部でも優秀な技倆をもつ生徒たちが集まっていることが挙げられます。

新一年生で京都橘吹部を希望する生徒は、以下のことを覚悟しなければなりません。

①マーチングで踊りながら吹奏する
②女子は衣装がミニスカートである
③高校を経て音楽大学へ進学したいような人には向いていない……これは当然です。ダンシング・パフォーマンスなどより、もっと音を一つひとつ見てくれるような先生のところへ入学するほうがよりふさわしいのですから(確か小説の中にも立華高校吹部出身の生徒は音楽大学へ進路を決める人はまれであるとの話がありました)。

高校進学の際、これらに抵抗・難色を感じる生徒もそれなりにいるでしょうから、ある程度入部する生徒は限られてきます。逆に言えば、新入部員ほぼすべてがそれなりの演奏技倆をもち、自分たちのやることがわかっているメンバーです。いや、むしろ小説の梓が熊田先生に聞かれて即答したようにみんな「シング」をやりたくて来た生徒ばかりでしょう。つまり吹部メンバーとしての意識が非常に高いのです。

一般的に顧問の先生としてはそれが仕事なのですから、いろいろと生徒に口を出してあれこれ指示を出したい、あるいは出さざるを得ない傾向はあるかと思われます。これをほとんど敢えてしないというのはそれだけ生徒を信頼しているとも言えますが、実はかなり忍耐も必要とされるのではないでしょうか。

もちろん演奏曲の音づくり、座奏コンテスト向けのメンバー決定など吹奏楽の肝となるところはきちんと押さえられているようです。しかし、いまや京都橘の代名詞であるダンシング&マーチング・パフォーマンスの指導や管理にほとんど関わらないなんて、ある意味めちゃくちゃカッコいいとも言えます。だから、しばしばマーチング・ドリルのMCでは生徒たちを自慢します。自分がほとんど関わらないから客観的に褒められるわけです。実に微笑ましい瞬間です(笑)。

でも、そうできるのは、やはり田中先生が徹底的に生徒の主体性を尊重して、集中力・創造力・団結力などを自分たちで作り上げられるよう一歩退いて見守ることに徹しているからこそなのです。

以上のことから裏の意味で魅力を支えている源泉は、顧問の田中先生となりそうです。そういう意味ではたとえ上記の体制が伝統であったとしても、田中先生の生徒へのあってほしい姿を明確にした指針にこそ京都橘の魅力の源泉があると言えるのかもしれません。

動画上のマーチング・パレードやマーチング・ドリルでは、田中先生は生徒たちの安全に注意しながら、黙々と付き添い、歩いているのを見かけます。ほかにも、しばしば芸人並みのトーク力でMCを務めて会場を沸かせたり、楽器運びのトラック運転手となかなか多才の方のようですが、見事な縁の下の力持ちぶりに頭が下がります。私は、そんなふうに思い至りました。

                                              (終わり)

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2017年6月24日 (土)

京都橘吹奏楽DMPの魅力の源泉はいったい何だろう? その2

小説『響け!ユーフォニアム 立華(りっか)高校マーチングバンドへようこそ』を読む【1】

私が「響け!ユーフォニアム」シリーズを知ったのは、昨年の秋ころだったでしょうか。京都橘動画のひとつに2016年4月に開かれた京都府宇治市と京阪電車の共催で「輝け! 吹奏楽部 スプリングコンサート」というイベントを録画したものがあり、その動画を見てからです。

その後調べてわかったのが、武田綾乃さんという当時女子大生の著作による『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ』(宝島社文庫)という小説がアニメ化され大人気となったこと、この小説の中に京都橘をモデルとした「立華高校」が出てきたことです。さらに昨年八月には、この立華高校の生徒を主人公にしたシリーズ小説も出たということでした。

早速、北宇治高校編、立華高校編の文庫本及びその関連本そして北宇治高校編のアニメもツタヤから借りてすべてひととおり眼を通しました。立華高校は確かに京都橘をモデルにしていることがすぐにわかりました。衣裳が水色に変更されたり、顧問の先生が女性教師になったりと、やや変えていますが、「Sing Sing Sing」が十八番とか、飛んだり跳ねたりすることはもちろん、なんと「水色の悪魔」の称号もあるというのですから疑問のつけようがありません。

事実、やはり同シリーズの『響け! ユーフォニアム 北宇治高校の吹奏楽部日誌』という文庫本の中にある「♪武田綾乃 一万字インタビュー」(p.188)と、シリーズの「応援コメント」中にある京都橘高校・田中宏幸先生の読後感想コメント(p.281)でもそれは確認できました。もっとも、ことしの4月にも「第2回 輝け! 吹奏楽部 スプリングコンサート」が開かれ、その際に武田綾乃さんと田中先生の対話があり、取材のときの様子が語られていましたのでファンの間ではこれは既に常識でしょう。

立華高校編の小説は、宇治市内の中学から推薦で立華高校に入学したトロンボーン奏者・佐々木梓があこがれの立華高校吹奏楽部に入部して、その年の全国大会に参加して金賞を獲得するまでを描いた小説です。私は、新一年生の梓を語る小説のなかで、立華高校の練習方法など吹奏楽部の実態を知ることができるのではないかと考えました。

もちろんフィクションですから取材をして書いたからと言って、それがそのまま京都橘高校吹奏楽部とまるっきり同じとまでは言えないでしょうが、上記した田中先生の読後感想コメントを読んでもかなり忠実に書かれているようですから、この本に書かれている内容を立華=京都橘のつもりで魅力の源泉を探っていくのはあながち的外れなことではないと思ったのです。

それでは、どんなふうに練習風景が描かれているか、私の興味を惹いた文章を小説『響け!ユーフォニアム 立華(りっか)高校マーチングバンドへようこそ』から抜き出してみます。小説では、会話の頭に誰の言葉か書いてありませんが、ここでは抜粋の引用だけなので、便宜上誰の言葉か付けたところがあります。

注1)前編・後編とあるので、引用ページの先頭に前・後を付けて示します。
注2)引用した文庫本の奥付は、前編が2016年8月18日第1刷、後編が2016年9月20日第1刷です。
注3)引用文はすべて太字にしました。


(1)新入部員への部長からの要請事項

「みんなに求めるのはただひとつ! ホウレンソウ、つまり報告、連絡、相談をちゃんと先輩にすることです。」[前p.22 ]

・・・このシーンは、主人公の梓ら新入部員33名がいよいよ第一回の吹奏楽部練習に集まった際、部長の森岡翔子が開口一番に述べた新入生への要請事項です。今の時代、高校の部活でもホウレンソウが求められていることにとてもびっくりしました。この「ホウレンソウ」は、 Wikiによると当時の山種証券・山崎富治氏が著した『ほうれんそうが会社を強くする : 報告・連絡・相談の経営学』(ごま書房、1986年9月)が出版されたのを機に全国のビジネス界で一世を風靡した、とのことです。私の記憶ではもう少し早くにホウレンソウという用語が流行った気がしますが、その後あまり聞かなくなったように思います。それはともかく、立華高校吹奏楽部の運営・管理には高校生というこんな早い時期から企業経営におけるマネジメント手法が用いられていることになります。それまで中学生だった新一年生にとっては、いきなりの社会人扱いに戸惑いもあったのではないでしょうか。


(2)次いで副部長・小山桃花の新入生への挨拶です。

「これから先、たぶん皆さんはいっぱい泣きます。こんな部活に入らなきゃ良かったって思うこともあるかもしれません。でも、それでも最後まで続けたら、いままで味わったことのないような、スゴいものが待ってます。それを味わうまでは、歯を食いしばってでも必死についてきてください」[前p.23 ~24 ]

・・・武田綾乃さんの「一万字インタビュー」で、武田さんが取材したときに、上記の言葉を裏付けるような言葉を京都橘の卒業生から実際に聞いたことが書かれています。

「もう一度やれるとは思わないけれど、絶対にやってよかった。とてつもない経験だった」(『響け! ユーフォニアム 北宇治高校の吹奏楽部日誌』[p.198])

(3)続いていよいよドラムメジャー(DMと略すことあり)の神田南の挨拶です。まず、私の注意を惹いたのは、これです。挨拶の一部にこういう一節があります。

①「マーチングの指導は、私と二年生のDMの二人を中心に行います。」[前p.24 ]

・・・これはびっくりです。なんと三年生のドラムメジャーのほかに二年生のドラムメジャーも既にいるというで話なんです。「えっ?」と思わず、これはフィクションかな、とも思いかけたのですが、同書の後ろに詳しくこの辺のことを説明しているシーンがあります。主人公の梓が初心者の名瀬あみかにこう説明しているシーンです。

②「立華だと、一年生の秋ごろに先輩からドラムメジャーが指名される。で、二年生のときは三年生の補佐をして、三年生になったときにようやくドラムメジャーとして舞台に立つって感じやな。うちのドラムメジャーの場合は、マーチングのときの指導もその仕事のうちに含まれてる」[前p.66 ~67]

これはやはり取材に基づいた京都橘の伝統をそのまま書いているのではないかと思いますが、いろいろと想像が膨らみます。この通りであれば、一年生がまだ半年くらいしか経っていない9月~10月ころに指名されるということになります。一体どのような基準で指名するのだろうかとか、途中で予期せぬ不都合が出て来たりする場合はないのだろうかとかです。とにかくドラムメジャーが一年から三年まで時間をかけて育てられていくということがわかりました。しかも、これは後に出て来ますがマーチングにかかわるメンバー決定は顧問やコーチでなく、原則生徒たち自身で為されるのです。これは京都橘の大きな特徴になりそうです。

(4)さらに神田南DMによる大会メンバー選考に関する厳しい説明が続きます。

①「最初に言っておきますが、うちの高校ではレギュラーメンバーを固定しません。京都府大会でマーチングに出場したとしても、控えメンバーのほうがいいと判断されれば、次の大会ではメンバーを変更します。私たちが目指しているのは、マーチングコンテストの全国大会金賞です。そのためには、ベストメンバーで大会に挑む必要があります。くだらない言い争いや個人の感情で時間を無駄にするわけにはいきません。そのことを肝に銘じておいてください」[前p.25]

・・・いやあ、実に厳しい宣言です。「鉄は熱いうちに打て」ではないですが、厳しい話は入部早々にバッチリ頭にたたき込まれるんですね。要は、実力勝負でメンバーが決められるということですからプロと変わらない環境です。もっとも、これは他の高校でも強豪校と言われるところは皆そうみたいですけど。

●これに関する具体的な説明が同書後半にも出て来ます

②立華高校は全国に名を馳せる強豪校だ。この吹奏楽部に入部するために、各地から高い能力を持つ生徒が集まっている。当然、そのレギュラー争いは過酷なものとなる。先輩だとか後輩だとか、そんなことは一切関係ない。上手いやつが本番に立つ。そんな至極シンプルな競争原理が、この部内には定着していた。[前p.197]

③「立華では、吹奏楽コンクールの場合は、顧問が出場メンバーを決めるが、マーチングコンテストの場合は上級生たちの判断で誰を出場メンバーにするか決める。先ほどの太一の言葉どおり、彼が上手くなればレギュラーメンバーに入れる可能性は大いにありうるのだ」[後p.32]

・・・ つまり、音作り(恐らく選曲も?)は顧問の先生が責任をもつ。そして、マーチングはあくまで生徒が主体でそれらを、顧問とコーチがサポートするということになります。

●小説では、実際マーチングの関西大会へのメンバー決めのシーンで次のようなことも起こります。部長の翔子が発表します。

④「次の関西大会、メンバー交代します。由美の代わりに佐奈に出てもらいます」
その言葉に、二年生部員が息を呑んだ。大きく見開かれた瞳が、ぐらりと揺れる。二年生の枠を、一年生部員が勝ち取ったのだ。
「はい」
そう応じる一年生部員の声からは、喜びの感情が隠し切れていなかった。夏のあいだ、彼女はずっとフロアの外で練習し続けていた。その努力が、ついに報われたのだ。
後輩か先輩なんて関係ない。上手いほうが、レギュラーになる。そんな当たり前のことが、当たり前のこととしてこの部内には定着している。いまはレギュラーに選ばれていても、明日はどうなるかわからない。一瞬たりとも気を緩められない状況が、部員たちに慢心する隙を与えない。[後p.186~187]

・・・いろんな意味で純粋な切磋琢磨であります。「純粋な」という意味は、お金の絡まない世界だからという意味です(社会に出ればお金に影響(換算)されないことはまず出てきませんから)。こんなに純粋な世界は、この時期のこういう環境のときにしかおそらく体験できません。そういう意味でも、追い抜くほうも追い越されるほうも一生でも二度と味わえないとてつもない貴重な体験をもつことになるでしょう。


(5)そして部活の日々が始まりますが、練習のメニューが決められる様子が次のように書かれています。

立華の休日練習は、部内ミーティングから始まる。黒板の前に立っているのは、部長の翔子、副部長の桃花、そしてドラムメジャーの南の三人だ。幹部と呼ばれる役職につく三人と各パートのリーダーたちによる会議にて、その日の練習メニューが決められる。
「今日の練習メニューです」
白いチョークをつかみ、翔子がスラスラと文字を書き込む。
(メニュー表[略])
こうしたスケジュールは、各パートリーダーが自分たちのパートに所属する部員たちの様子を見ながら決めている。顧問が口出ししてくることもあまりないため、新入部員の育成からスケジュール管理に至るまで、大半のことを先輩部員が行うのだ。[前p.62 ~p.64 ]

・・・ははぁ、なるほど。だからホウレンソウなんだなぁ、と頷けました。この辺から、非常に特色のある京都橘の様子がはっきりしてきます。顧問の先生がほとんど口を出すことなく、部自体を生徒が主体的に運営しているということです。

前エントリーの『笑って! こらえて』(2011年)では、他の高校マーチングの練習風景もいくつか放映されていました。他の高校もすごい練習ぶりと魅力あるパフォーマンスでしたが、京都橘とは違い、やはり全面的に顧問の先生やマーチング・コーチの指導が大きくクローズアップされていました。
そういう点で、京都橘の顧問・田中先生の姿は最初のちょっとだけで練習現場にも姿が見えない。ともすると顧問の先生が生徒たちを放っておいているみたいな印象さえありました。だから、生徒自身の活躍が目立ちましたし、とりわけこの番組の場合は生徒主体を強調したかったのか、その象徴としてのドラムメジャーが生き生きと描写されることにつながっていたんだと思います。


(6)さて、次はいよいよ「Sing Sing Sing」の振り付けを一年生が教えてもらうシーンです。DMの南から次のような説明があります。

①「シングの振り付けは代々受け継がれてきたものです。先輩部員の方が考えてくださったものが、いまにまで伝わっています。そのため、ステップの種類も多くあります。次回のステージドリルも、夏のマーチングも、要はここで教えるステップと全体での動きとの組み合わせで構成されます。いまサボっているとあとで泣きを見ることになるので、浮ついた気持ちで取り組まないようにしてください」[前p.73]

・・・シングは2005年のときの部員が中心となって、主なステップと振り付けが決められたのでしょう。そして、その後の期ごとに少しずつ改良や追加などが為されてきたのでしょうか。それにしても、音の運びと身体の動きがうまく連動するような、いかにも理に適っているなぁ、と感心してしまう振り付けがいっぱいあります。

たとえば脚を突然パッと広げる振り付けなど、楽譜と連動していながらも純粋に意外性があって私などはおもしろさを感じます。あるいはその位置で回るときトロンボーンは前に延ばすと前後の奏者にぶつかる恐れがあるときには、下に向けて吹いて回ったり、フルートなどは思いっきり右斜め上方に極端なくらい傾けてみたり、もう本当によくこんな振りを考えたものだ、と感心するばかりです。とりわけ、飛んだり跳ねたりがおもしろいくらいある細かいステップには思わず見入ってしまいます。

またパレード行進では各パートごとに少しずつ異なる振り付けや「ずらし」があり、しかしステップは全体が同じとか、本当によくできていると改めて感心させられることが一度や二度ではありません。

京都橘の演技を何回も見てしまうのは、だんだんこういうステップの妙(巧妙さやおもしろさそして意外性)に気づいてくるからです。常に新しい発見があり、新鮮に感じます。それが何回見ても飽きない要因でしょう。
昔どこかで読んだのですが、人間は新鮮さを感じるとその都度若返るのだそうです。ものごとに新鮮さを感じなくなると、人は老いてゆきます。だから新鮮さを与えてくれるものは、人に命を授けることになります。これが、京都橘の人気の秘密の一つなのかもしれません。

②「とにかく体幹、上半身が重要です。身体が揺れていると楽器は吹けません」
この南の言葉こそが、立華の華やかなステップパフォーマンスの神髄だった。一見すると大きく体を揺らしているように見える振り付けも、その実、動いているのは下半身だけである。上半身をぴたりと固定したまま、下半身だけを激しく動かす。足を大きく振り上げても、腰から上は絶対に動かさない。[前p.73~74]

・・・著者の武田さんが現役部員やOGなどから取材して行き着いた橘ステップの秘密はこういうことだったのでしょう。最近、多くのスポーツでも体幹の重要性を耳にする機会が増えました。そういう点から言っても、京都橘の吹奏は体幹の鍛錬を中心とするスポーツと共通する要素が濃厚にあることになります。

③「音は誰が吹いているかバレへんけど、ステップでミスったら速攻でお客さんにバレるから。自分のミスが他人の足まで引っ張るってことは頭に入れといて」[前p.85]

・・・確かに。ステップのミスは視覚により極めて目立ち易いものですから、これはそのとおりです。が、それにしても自分一人のミスが全体の足を引っ張るというのは、かなり各個人にプレッシャーとなりそうです。


(7)そして繰り返しの練習の様子を著者の武田さんは梓に成り代わって次のように描写します。

部員たちが一斉に手本の動きに追従する。足を蹴り出すたびに、ザッザッと衣ずれの音が響く。踵が床を蹴る音、足が空気を裂く音、それらはひとつの塊となり、まるで生き物みたいに轟々とうなり声を上げた。カッコいい。そう、素直に思った。空気の動きを肌で感じる。皆の呼吸の音がそろい、奇妙な一体感を生み出す。[前p.74]

・・・まるで「生き物」みたいな「奇妙な一体感」。しかも、誰一人ミスのない完璧な集団パフォーマンス。最初にマーチング全国大会の『Sing Sing Sing』を見たときの私の反応が思い出されます。見事に揃った手足の動きに加え、座奏と変わらないレベルの音を聴きながら、ただ「はーっ」とあっけに取られて口が開けっ放しでした。


(8)さて、梓がこの立華吹奏楽部に入って、非常に驚いたことを述懐しているシーンがあります。少し長いのですが重要なので、その節を見てみましょう。

梓が立華に入学した際にもっとも驚いたのが、顧問の部活への関与の少なさだった。熊田先生は、合奏練習や本番前以外はあまり部に顔を出さない。たいていは職員室で仕事をしており、指示を受ける部員がそこへ足を運ぶ。中学時代の部活では顧問が事細かにやることを指示していた記憶かあるのだが、高校に入学して以降、顧問から直接的に練習予定について話を聞いたことはほとんどなかった。
立華の吹奏楽部は組織的に動く。それぞれに割り振られた役職をまっとうすることで、部内が円滑に運営される。生徒たちは指示を待つのでなく、試行錯誤を繰り返しながら自分たちで進もうとする。熊田先生のおもな役割というのは、そんな部員たちのフォローだった。脱線しそうになっているとき、大人の助けが必要なとき、子供だけではがんじ絡めになって身動きが取れなくなってしまったとき、そういったときに先生はそっと部員たちに手を差し出す。[前p.80~81]

・・・これは『響け!ユーフォニアム』シリーズの北宇治高校の顧問・滝先生とはかなり違うようです。ただし、こんなふうに先生から信頼されて運営を任される生徒たちは、どれほどがんばるか容易に想像がつきます。最初はプレッシャーのほうが勝った時期もあるでしょうが、やがて自分たちの思うとおりにやってみたいことを立案・計画・実施する喜びを知ったら、それはそれは素晴らしい体験になります。

この生徒たちの奥に潜むいろいろな可能性を引き出すことを狙って敢えてそうしているとしたら、それは先代の平松先生以来の伝統なのでしょうか。それとも、自主性を重んじる京都橘の学是に基づいた田中先生なりの考え方があっての独自の方針なのでしょうか。ここに至って、俄然田中先生ご自身への興味が湧いてきます。

                                               (続く)

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2017年6月 6日 (火)

京都橘吹奏楽DMPの魅力の源泉はいったい何だろう? その1

TV番組「笑ってこらえて」(2011年&2012年)

前回のエントリーでも述べておいたのですが、京都橘のダンシング&マーチング・パフォーマンス(以下、DMPと略す)は単に踊っているのに上手とか見ても聴いても楽しいということ以上に、人を鼓舞したり、笑顔にさせてくれる力があります。これは決して私だけが感じているのでなく、youtube上の各京都橘動画につく視聴者コメントにも多数確認できます。

全国の高校吹奏楽部のマーチングには本当に技術的にも芸術的にも素晴らしい高校がたくさんあり、正直言って京都橘以上の高校もあるでしょう。しかし、なぜか橘のような癒やし効果、思わず笑顔になってしまう効果、鼓舞された気分になる効果は、やはり京都橘が頭一つ抜きんでていると言ってよいでしょう。そのうえ一度聞くとそれで十分とはならず、もう一度、二度、さらに三度と見て聴いてしまいます。そういう魅力の源泉が何か、それが京都橘に対する私の興味の中心です。

アメリカのディズニーランドでのパフォーマンスを知って、より詳しく知りたいと思っているところに、かつて所ジョージさんの「笑ってこらえて」という番組で、京都橘吹部が紹介されたことがあるのを知りました。この番組の録画をじっくり見てみると、京都橘を知るうえで基本的なことが非常にコンパクトにまとめられています。さすがに大手キー局の手になる番組と感心させられます。

TV番組『笑って、こらえて!』で紹介された京都橘高校吹奏楽部の主な紹介内容
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学校(女子校として)創立:1902(明治35)年 [ソース:京都橘高等学校のホームページ]

吹奏楽部創部:1961(昭和36)年
モットー:「よそで経験できないものを体験させる」(創部当時からマーチングに力を入れる)

2005年 当時3年生ドラム担当のS・K氏提案によりマーチングにダンスを取り入れる。振
     り付けも生徒自身で考案。
2007年 マーチング全国大会 銀賞
2008年 マーチング全国大会 金賞
2009年 マーチング全国大会 金賞
2010年 三出制度により全国大会出場禁止

この番組に出るきっかけとなったのは、番組からのアンケートに顧問の田中宏幸先生が記述した以下の回答がテレビ局の興味を惹いたからのようです。

【TV局からの質問】吹奏楽部中に、マーチング初心者の方はいますか? いる場合、その中で苦労するのはどのような事でしょう?

■(田中先生)半分以上がマーチング初心者です。本校独自のマーチング基礎練習により「体で覚える」形でさせますが、それよりも「本番に取り組むことにより力をつける」形での方が、個々の上達には結びついていると思います。
『スポーツ根性もの』的な、大変激しい練習のため、涙と汗に耐えなければならず、大変苦しい思いをしています。

【TV局からの質問】マーチングで他校にはない、独自の練習法などはありますか?

■(田中先生)本人たちはあまり感じていないと思いますが、×××駆け足、もしくは全力疾走で行動する日本一激しい楽器運び(重い打楽器をかついで全力で走る)

[×=読み取れず]
(以上、2011年日本テレビ「笑ってこらえて」より)

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以上が番組で開示された京都橘の吹奏楽部の基本情報です。

まず学校自体はもともと女子校だったこと。そしてマーチングは吹奏楽部創立以来、「よそで経験できないものを体験させる」をモットーにしてきたこと。これは後に重要な鍵の一つになりそうです。

ついでに、オレンジの悪魔で有名になったオレンジのマーチング衣裳はミニスカートですが、それゆえか"いたずらに向こう受けを狙った品の無い衣裳"との誹りを受けることも、たまにあるようです。しかし実は最近のデザインでなく、1975年製であることは知っておいてよいことでしょう。[ソース:徳島遠征「音楽の絆」顧問・田中宏幸先生のMC→https://youtu.be/myGrB483NNo

1967年にミニスカートで一世を風靡したツイッギー(Twiggy)が来日し、1970年代初頭くらいからぼつぼつ田舎の大学キャンパスにもミニスカートを穿く女子大生が現れたのを知っている私からすると、ようやくファッションの一つとして一般にも定着した75年デザインとしてはさもありなん、と頷けるものがあります(Wikipediaによると1974年ころには、第一次ミニスカートブームがいったん終息したとあります)。JKという俗語さえなかったもう40年以上も前のことですから、今の高校生から見れば伝統衣裳ということになります。ましてや、向こう受けを狙ったものなどでは決してないことがわかります。

そして番組では、2005年のダンス導入のきっかけを紹介していました。Sさんという当時のドラム担当生徒がしばらく全国大会になかなか出られず低迷していた状態から抜けるための策として、ダンスを取り入れてマーチングすることを提案したというのです。しかも、すべて振り付けは生徒自身がやったというのですから、すごいものです。普通に考えれば、マーチング・コーチがいるように、ダンスの振り付けも誰かダンス専門講師に依頼するのが当然のように思えるからです。どうやら、ここら辺にも彼等のパフォーマンスの魅力の秘密があるのかもしれません。

Sさんは『Burn The Floor』というDVDをきっかけにダンスを取り入れる発想を得たとしていますが、振り付けが似ているとしても、楽器を演奏しながらダンスをするというのは、それだけで十分にオリジナリティがあるのではないでしょうか。そして2008年、2009年に全国大会金賞に輝き、京都橘の名声を不動のものにしたと、番組ではまとめられていました。

ところで、番組からのアンケートに応える田中先生の回答も見てみましょう。

本番に取り組むことにより力をつける」は、確かに見ている私たちにも容易に理解できます。例えば、毎年6月のブラスエキスポは新一年生が最初に参加する大会本番ですが、これが2015年や2016年のように10月末の大江山酒呑童子祭りの頃になると、その音もステップも振りも見違えるほどの完成度を見せてくれるのですから。

それに、マーチング大会での京都府大会から全国大会までのわずかな期間での、その成長ぶりには眼を見はるものがあります。とにかく本番が次の本番のためのいちばんの練習になっているという田中先生のコメントは毎年の実感に裏付けられたものでしょう。まあ、この年齢の時期にしかまずあり得ない精神的にも身体的にも抜群の成長期と重なっているからこそのことと理解できます。。

また、次のアンケートに対する回答にある「楽器運びに全力疾走」など、普段の行動から体力をつけるための訓練をしていることで、これは番組でも見られましたが毎日のことですから、本当につらい訓練であることがわかります。

昨年の暮れに、PALSから出た2007年から2016年までの京都橘のマーチング演奏のブルーレイを購入して見ましたが、360度撮影の特典動画でも体育館の床に目印を貼る作業をしている生徒たちがやはり全力疾走しているのを見て、テレビ番組のとおりの状態で身体を鍛えているんだなぁ、と今更ながら感心させられました。

さあ、そして京都橘ファンなら誰でも知っているようですが、この番組ではホラー映画と抹茶好きなA・Hさんのドラムメジャーぶりが大評判になったようです。彼女のリーダーとしての素晴らしさは「叱る」ことのできる数少ない高校生だったことでしょう。社会人になった人なら、そして部下を持った人なら誰でも経験することですが、後輩や部下を叱ることはなかなか簡単ではありません。萎縮させてもいけない、かといって甘やかすわけにもいかない。そういった中で、Aドラムメジャーの叱り方には感心させられました。

2011年合宿で、通称「グルグル」の練習で彼女は全員の前でこう叱ります。

「環境悪いかもしれんけど、最悪やで! なんやねん、今のSing! なんやねん、はじめのランスルー! 本番1回やねんで。今までやってきたことを1回で出さなアカンねん!!その1回に対する気持ち、無さ過ぎやで! もっと集中してやって! 1回目から。」

ちょっとテレビを見ていた大人も自分に向けて言われているんじゃないか、と一瞬ビクッとした人もいたのではないでしょうか(笑)。社会人になれば、事実上、Aドラムメジャーの叱咤した趣旨は、つねに会社や所属組織の上司あるいは顧客からの要請そのものといえるからです。ですから、このシーンを撮ったり編集している番組スタッフのほうが、よほどビクッとしたのではないかなぁ、連日、視聴率で結果を残さなければならないのですから、と思わず笑っちゃいました。そういう意味では、部活を通して社会人としての基礎訓練をしているのと変わらない側面もありそうです。

その後テレビ・スタッフに問われるまま、Aドラムメジャーはこのときの心中を語ります。
「もったいないなぁと思って…。だって、やればできるのに…。」

この発言をみれば、彼女はメンバー全員は必ずできるはず、との深い信頼が根底にあったことがわかります。だからあれほど容赦ない叱り方ができたんですね。彼女の叱り方は、ほかの場面でもわかりますが、努力してもできそうもないことに触れるのでなく、努力すればできるはずの--上記の場面では「集中力」の点に注目して注意しています。そういう点で実に見事な叱り方でした。

この後、全国大会まで行きますが、最終結果は目標の金賞でなく銀賞でした。悔し涙を初めてみんなの前で流すAドラムメジャーにホロリとした視聴者も多かったようです。彼女の天性の素質や家庭環境もあったにしろ、こういう優れた人材が集まり存分に活躍させる、あるいはこういう「人」を生み出す京都橘高校には注目せざるを得ません。そのほかにも外部者に対する挨拶と礼儀、そして何よりハキハキした応答、おまけに声も大きい。これらすべてがとてつもない魅力を生み出す原動力の一つひとつになっているように感じます。

それにしても、この番組での真骨頂は彼・彼女等の猛烈な練習風景でしょう。とりわけグルグルのすさまじさにはびっくりでした。一見、軽々と踊りながら吹いているように見えても、やはりこれぐらい繰り返し、繰り返しやって、それでもピタリと揃えることがかくも難しい、それが視聴者にも十分に伝わるものでした。踊りながら吹く楽器の位置・角度、そのときのステップを踏む脚やつま先の角度までというのですから、想像以上のものがありました。

だからなのでしょうか、『Sing Sing Sing 』での、あの「キャーッ」という一斉の叫び声。

聴く人によっては雑音としか聞こえないとか、音楽を台無しにする残念な叫声と酷評する人たちもいるようです。

しかし、私はあの叫び声は、必然パフォーマンスとみます。上記したように一人ひとりが楽譜通りに吹くことやゴメハ(5mを8歩で歩くこと)は当たり前として--これだけでも本当はたいへんなはずですが--、跳んだりはねたりのステップの正確さ、そのときの楽器をもつ手の位置、楽器の方向と角度、腕や脚の位置や角度そしてつま先の下ろし方まで一つの音を出す際に注意しなければならない、数え切れないほどいくつものことに注意して神経がぴりついた状態から、いったん解放されるための統制されたカオス(笑)として理解できるからです。こういう瞬間がないと神経がもたないのでしょう。それくらいの緊張状態にあるからこその必然的なパフォーマンスなのではなかろうか、と思うのです。

その意味では、最初にこれを考案した生徒たちはものすごい才能をもっていたと感心するしかありません。緊張から解放されてほっとしている声にも聞こえ、思わずこちらもほっとしながら声まで出して笑ってしまうことさえあります。この「キャーッ」があるからこそ最終パフォーマンスに向けていったんリセットでき、あの見事な演奏・演技で終えられるのでしょう。

ついでに言えば、『Sing Sing Sing 』演奏の最後を、あの「ヘイッ!」で終わらせる編曲者はだれなのでしょう? 田中先生でしょうか。盛り上げて、盛り上げて、「ヘイッ!」で終わるというのは、本当によくできた演出・編曲です。

以上、日本テレビの『笑って、こらえて!』(2011~2012年)の録画を見ての感想ですが、ここまでで京都橘吹部の特徴をまとめてみます。

(1)元々が女子校であったためか、吹奏楽部員は女子がほとんどである。
(2)1975年創部して、衣裳は華やかなオレンジ色のミニスカートである。
(3)昔からマーチングには力を入れていて、全国大会金賞の常連であった。
(4)2000年ころから全国大会に出られる機会が少なくなる。
(5)2005年の大会で初めてダンシング&マーチング・パフォーマンスを披露したが全国大会には行けず。
(6)2008・2009年にマーチング全国大会金賞を獲得、『Sing Sing Sing 』は京都橘の十八番となり、その名を轟かせた。
(7)踊りの振り付けは、すべて部員が考案。徹底的な繰り返しの練習により、伝統を維持。
(8)吹きながら踊り行進する体力をつけるため、一年生時にはとくにパーカッションなど重い楽器を走りながら運搬する。
(9)振り付けは、2005年当時の先輩たちからの遺産。毎年、先輩たちによるかなりのスパルタ指導がある。
(10)マーチングの練習はドラムメジャーが主導的に実施し、顧問の先生やコーチは補足的な位置にあるのが特徴。

ざっとこんなところでしょうか。おおざっぱな京都橘吹奏楽部の流れをつかんでみましたが、まだまだこれだけでは、その魅力の源泉にとても行き着きそうもありません。

そこで次に、京都橘を取材して書かれたという『響け! ユーフォニアム 立華高校編』を読み進めてみます。(続く)

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