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2017年6月30日 (金)

京都橘吹奏楽DMPの魅力の源泉はいったい何だろう? その3

小説『響け!ユーフォニアム 立華(りっか)高校マーチングバンドへようこそ』を読む【2】

前エントリーに引き続き、この小説に描かれるシーンを見ていきますが、ちょうど熊田先生と新一年生の出会いの場面がありますので、そこから始めます。

(9)推薦で立華高校に入学が決まった中学生は、ほかの生徒たちが入学するより早い時期、三月中旬ころから部活の練習に参加しているという。そんなとき、入学前の中学生と顧問の熊田先生が初めて出会うシーンがあります。地の文も入れると長すぎるので、会話のシーンだけ抜き出してみます。


熊田「新入部員の子が来たらいっぺん聞いたろうと思ってたことがあんるんやけどね。ぶっちゃけみんな、シングってどう思う?」
熊田「いやね、ウチ、毎年シングやってんのよ。こう何年も同じ曲やってるとな、ほかの曲やったほうがええんかなとか心配になるわけ。でも、先輩部員たちに聞いても私に気ぃ遣いよるやんか。やから、ピッカピカの一年生諸君に聞いてみようと思って。ほれ、そこのアンタはどう思う?」
梓「えっ、私ですか?」
熊田「シングってどう思う? やりたい?」
梓「やりたいです! 私、シングやるために立華に来ました!」
生徒A「私もやりたいです」
生徒B「私も」
熊田「そんなふうにみんな思っているんやったら、やっぱここでシングをやめるわけにはいかへんね」
[前p.92~94]

・・・これは、京都橘でも似たような事実があったのではないかしら、と思わせる会話です。田中先生のお客さんや部員に対するサービス精神の表れとも取れますし、またシングの力を再確認したい意図もあったのかもしれません。実際、毎年のパレード曲にしてもドリル・メドレーにしても、本当にいろいろな曲が更新されています。

例えば、ことしのドリルではノーランズの『ダンシング・シスター』や奈良での『エル・マンボ』、バレードでは『Happy』や『恋のカーニバル』といったノリのいい曲でお客さんを楽しませてくれます。それが常に新鮮な橘サウンドを形成しています。もちろん、シングや『ダウン・バイ・ザ・リバーサイド』のような固定曲もあるので、なじみ感の中にも新鮮さを打ち出す心憎い演出といえます。

ただ、更新される曲の古さから言ってこれらの選曲はおそらく田中先生がされているのでしょう(注1)。シングの賞味期限を心配されているお気持ちは十分理解できますが、シングはおそらくこの先もずっと人気のある、橘がこれをやらないで帰ることはできない曲となり続けることに橘ファンの誰もが異論のないところでしょう。奇跡的といっていいほど編曲も振り付けも完成されているからです。

(注1)ことし2017年の「3000人の吹奏楽」では、なんとセーラームーンの『ムーンライト伝説』が選曲されました。さすがにこれは田中先生の選曲というより、生徒たちと一緒に決めたと考えるのが自然かもしれません。

さて、このシーンの場で熊田先生は次のように自身の部活への思いを語ります。ここも非常に京都橘を知るのに重要かと思いますので、全文引用しましょう。すべて熊田先生の言葉です。


「みんなね、多分ウチの学校でいろいろ頑張ろうって思ってここに来てくれたんやと思う。でもな、最初に言っておくと、私自身はあんまコンクールとかコンテストとか、そういう賞に絡むって興味ないねん」
ぶっちゃけさ、と先生は言葉を続けた。
「ウチって強豪やん? 去年もマーコンは全国で金やったしさ。でもねそういうコンテストの結果って、私からするとオマケみたいなもんやねん。努力の副産物って言ってもええわ。ウチはべつに、金賞取るためにマーチングやっとるわけやない」
(地の文、省略)
「みんなの三年間を預かるわけでしょう? それやったら、私はみんなに特別な体験をプレゼントしてやりたい。ウチやないとできひんことを、みんなには味合わせてやりたいねん。やから立華は特別を目指す。結果なんてもんは、そのついでについてくるもんや」
そう自信たっぷりに言い切り、熊田先生は不敵に笑った。
「立華やないと行けへん場所に、私がアンタらを連れてったるわ」[前p.94~95]

・・・創部以来の部活モットーである「よそで経験できないものを体験させる」が明確に田中先生の中にも息づいており、先代の平松久司先生から脈々と言い継がれていることがわかります。でもそれであれば、顧問の先生があまり部の運営・指導に細かく関わらないというのは、どういった背景があるのか気になるところではあります。

そこで、俄然興味の対象となってきた田中宏幸先生をググッてみたら、こんな資料を見つけました。先生の卒業された母校・大阪音楽大学の広報誌で『Muse(ミューズ)』という冊子があり、その2012年9月号[Vol.223]に先生のこんな記事があります。
https://www.daion.ac.jp/muse/a5a6tu000000v2oz.html

「大音卒業生が語る"音楽と生きる"人生」というテーマで、p.8~9の見開き2頁にわたって執筆されています。大音時代がいちばん楽しかった、という趣旨の標題ですが、その中にこんな一文が書かれています。教育実習で出会った担任の先生から、こんな助言があったそうです。

「成り行き任せでなく、『どんな生徒に育てたいか』という意思を持って生徒に接すること」

この言葉を今でも大切に心にとめているとのことでした。

田中先生の高校時代は吹奏楽部がなく、今の京都橘の生徒たちの血のにじむような練習の姿にはちょっと申し訳なく感じるほど、コンテストなどと無縁の高校生活だったようです。それでも、大音時代の多くの友人たちとの交流・切磋琢磨の日々を送るなかで--ここからは私見ですが、おそらく同じ目的の集団(学内に「吹奏楽研究会」を立ち上げたそうです)で他人からの指示でなく何でも自ら計画・実行することのおもしろさや大切さを見出したのではないかと思われます。そういった経験から、田中先生の育てたい生徒の姿のひとつが、京都橘の吹奏楽部にいま結実しているのではないか、と思うのです。とはいえ、あくまでこれは私の推測です。ひょっとすると、先代の平松先生時代からの伝統の可能性もありますので。

(10)さて、いよいよマーチングの振り付け、構成の実態です。梓の属するトロンボーンのパート・リーダー高木栞との会話からわかります。栞がパート・リーダーのほかにもう一つの役職・マーチング構成を担当していることを知って梓はびっくりして、どういうことか説明を求めます。栞が話し出すシーンです。

栞「いやね、立華って毎年生徒がマーチングの振り付けやら構成を考えんのよ。それがもう大変で大変で、合宿中とか夜中までほかのマーチング構成の子らと頑張って会議するのんやけど、なかなか決まらんくて…」
梓「いやいやいやいや、ちょっと待ってください、フォーメーションを部員自身が考えてるんですか?」
(地の文、略)
栞「うん? やからそう言ってるやん」
梓「信じられないです」
基本的にマーチングのフォーメーションというのは専門家やプロに依頼して作成してもらうことが多い。世の中にはマーチングの指導者が数多く存在しており、彼らに頼んでコンテを切ってもらうことは特段珍しいことではなかった。梓が通っていた北中でも、顧問の知り合いの指導者にコンテの作成をお願いしていた。
マーチングにおいて、構成はかなり重要な役割を担う。どれだけ部員たちの能力が高くとも、それを発揮できる構成でなければ意味かない。部員たちの実力を見極め、なおかつテーマとする曲に合った構成をつくるというのは、素人には至難の技なのだ。
栞が照れたように頭をかく。
栞「先輩らの演技とかいろいろ参考にしてるけどね。まあでも、考えたあとにちゃんとマーチングの先生のアドバイスはもらってんで。三川先生っていう外部の先生がいはんねんけど、その人に見てもらってる」
梓「いや、それでもその原型は自分たちで考えているってことですよね。すごいです、ビックリしました」
[前p.97~99]

・・・実は『笑って! こらえて』の中で、田中先生が当たり前のように「振り付けは生徒自身が考えます」と答えたとき、そんなにびっくりしませんでした。ずぶの素人である私などは、単にどの学校でもそういったものだろう、くらいにしか考えなかったからです。でも、よくよく考えれば本書の説明にもあるように構成や振り付けはマーチング・コンテストでは最も重要なものであり、したがって専門のコーチを迎えている学校も多いことを知り、これはものすごく異例のことと気づきました。

確かに生徒たちの能力と曲と表現したいものなどを総合して構成・振り付けが案出されるわけですから、常にナマものという意味で微妙に毎年変えざるを得ないものでもあるでしょう。考慮せねばならないポイントがありすぎるくらいありますから、非常に難しい課題です。

ただし、生徒たちが振り付け・構成をする場合、外部の先生よりも優位かもしれないところが二つあります。自分たちの能力・力量というものを、いちばんわかっているところと不都合があれば、すぐその場で修正を決定できることです。少なくとも三年生なら、過去2年分の経験があるわけですから、どの点がことしの強みであり弱みかについて気づいているはずです。だからこそギリギリのところを狙うことも可能です。外部のコーチなら、責任上安全策の側に立ちたいところを、自分たちだからこそ能力の限界に近いレベルまで押し上げようとする気概も十分期待できます。この辺りも、京都橘の魅力の大きな源泉のような気がします。

(11)マーチングバンドの演奏・演技レベルについてトロンボーンのパート・リーダー未来が梓に語るシーンもぜひ見ておきたいシーンです。楽器を演奏する部員の技倆の差について不満があるものかどうか、という話題です。これも少し長いのですが引用します。

未来「どんな分野にしろ、どんな場所にしろ、レベルの差ってのは生まれるわけ。これはもう仕方のないことやと思う。吹奏楽っていうのは、この下位のレベルの人間をどこまで上位に持っていくことができるかが勝負の分かれ目やと思うねん。なんせさ、団体競技やん。一人だけスーパープレーヤーがいたって吹奏楽じゃ上に行けへん。マーチングでも座奏でも、みんなが上手くならんとあかんわけ。一人足を引っ張るやつがいたら、その時点でもう全部台無しになる」
(地の文、略)
未来「三年がやたらと一年生に厳しいのは、これが理由。お客さんはさ、誰が先輩で誰が後輩とかわからんの。まだ一年やしできひんくても仕方ないな、とは絶対に言ってくれへん。だから三年は本番までに必死に後輩たちをしごいているってワケ。でも、指導してたらやっぱわかんの。能力がある子とない子の違いっていうか、差みたいなもんを」
[後p.124~125]

・・・社会人ならすぐにわかることですが、この未来の言葉「お客さんには誰が先輩で誰が後輩とかわからない」というのは、あらゆる職業の組織において新人に求められる最低限の顧客に対するマナーです。どんな企業組織でもその社員が新人だからミスが許されるということは決してありません。例えばお客さんからの問い合わせ電話に出たのが、たまたま新人の場合、彼にとって初めての経験だったとしても、その電話の向こうにはその新人が自社の製品・商品知識のすべてに通じたプロとして扱われるのであり、そういう経験を繰り返し積むことで初めてプロフェショナルな社員・社会人として成長していくのでした。

だから三年生は一年生に厳しく指導する。これがきちんと伝統的に引き継がれているのが立華ひいては京都橘のすごさにつながっているのでしょう。それが『笑って!こらえて』のバリトンサックス奏者の一年生Tさんに「正直、橘を舐めてました」と言わせたのかなぁ、とも思います。そりゃあ、中学を出たばかりの高校一年でいきなり社会人並みの扱いを受けるわけですから無理もないことです。いっぱい泣くのも、あるいは残念ながら部活を続けるのを断念する生徒も出てくるのも、これは致し方のないことです。

(12)橘のパフォーマンスのなかで、私が個人的にいちばん癒やされた気分になるのが、彼・彼女らの笑顔です。これについても、実は練習のなかでかなり叱咤・注意されているシーンがあります。マーチングの京都府大会を目前にした日、グラウンドでドラムメジャーの南が手足の向きや角度に眼を光らせながら指導しています。

「顔怖いでー、笑顔ー!」
演技中にも南の声はビシバシと飛んでくる。前日の練習ということもあり、その声音にも鬼気迫るものがあった。
「立華は本番で笑顔以外見せません! お客さんにそんな陰気くさい顔見せんの?」
下がりそうになる口角を無理やり持ち上げ、部員たちは笑顔をつくる。音楽が始まれば笑顔になること。それが立華高校のルールである。たとえ指導で泣かされても、曲が始まれば無理やりにでも笑顔をつくる。苦しい顔は決して見せない。それが、立華高校のプロ意識だ。[後p.153~154]

・・・ここでは「無理やりにでも」とありますが、私は動画越しに見るだけですが無理に作っている笑顔に出会った記憶がありません。それでも、恐らくは泣きたいくらい辛い体勢などで吹いたり、太鼓を叩いたりしていることもあるはずです。しかし、それをいかにも楽しそうに演じてくれる。いや、実際に楽しんでいる。それを見るとき、自然にこちらは笑顔になります。

ことしは動画撮影されませんでしたが、2015年、2016年のブルーメの丘のシングは、すぐそばで撮影されたため、シングが終わった「ヘイッ」の直後のメンバーたちのハーハーと荒い息づかいを見ることができました。それにもかかわらず、笑顔でいる姿には思わずこみ上げる思いさえしてしまいます。いずれにしろ、演奏中はむしろ本当に素敵な笑顔の子が多いことに心が奪われます。だからこそ、見ている人の多くが「元気をもらった」、「癒やされた」、「気分が晴れやかになった」とコメントするのだと思います。

2011年アナハイム・ディズニーランドでのパフォーマンス中の彼女たちの笑顔を見てください。これが、日本女性の笑顔であります。日本の宝です。ぜひ2018年ローズパレードでも存分に披露してほしいものです。

           ***************************************

さて、『響け! ユーフォニアム 立華高校編』をもとに、京都橘の魅力の源泉につながりそうな文節を引用しつつ、つい長々と書き連ねてきました。実は、このほかにもこの小説には、橘の魅力を支えるいろいろな話がいっぱい詰まっています。例えば、水色(オレンジ)の衣裳のミニスカートに基準がある話や、毎年マーコン京都府大会へ行くときの緊張状態そして京都橘は踊りは上手だが演奏に課題が残るという件に関する話題など、いずれも興味深い話があります。その辺りは、ぜひ小説でお読みになることをお薦めします。

著者の武田綾乃さん自身が小学校で金管バンドに、中学校では吹奏楽部に所属した経験をもち、しかも京都・宇治市育ちで年齢も部員たちにかなり近いですから、京都橘の実態を知るにこれほど最適な人はいません。小説のテーマ自体は思春期の女子生徒同士の人間関係のあれこれを描きつつ、さまざまな経験から人格を陶冶していく物語のようですが、私は立華高校吹奏楽部という伝統をどのようにつないでいくのか、その物語としておもしろく読ませていただきました。

ついでに言うと、最後のエピローグで三年になった梓部長が後輩の恵里佳に対して「お礼は本番の演技でええよ」というシーンが、この小説のテーマ(私にとってですが)に即した読後感を非常にさわやかにしてくれたことが印象的です。

このブログの本来のテーマに戻ります。橘の魅力の源泉を探ろうとしたとき、私の頭の中には実は彼らの演奏・演技に「生命力」を感じたことがあります。その生命力の源泉を何とか知りたいものだ、というのがこれらエントリーのきっかけでした。

もちろん、アートやエンターテインメントの世界について分析的に語っても、決して言葉でまとめられるものとは考えていません。また、こういう試みがまったく不毛との考え方もあるかと思います。それでも、私は何とか魅力の源泉に少しでも近づけないものかとここまで書き進めてきたわけです。そして、現時点での個人的な見解として、どうやら以下のようなことに魅力の源泉がありそうな気がします。便宜上、表と裏に分けます。

《魅力の源泉:表》

ズバリ、運営・管理を生徒に任せ、振り付け・構成を生徒たち自身が創造する。この点にあるような気がします。

部長、副部長、ドラムメジャー、トランペット、トロンボーン、ホルン、ユーフォニアム、チューバ(バス)、クラリネット、フルート、サキソフォン、パーカッションそしてガーズの各パート・リーダーという合計13名プラスαの幹部会でおそらく振り付け・構成を考えるのでしょう。これらの十数名でマーコン全国大会なら81名の動きから振り付け・構成を一から考案しなければなりません。

参考になるのは、自分たちが経験した2年間の例とそれ以前の例(ビデオ)だけです。そして、自分の代での強み・弱みを分析・評価して、演奏曲に合った構成と振り付けと動きを考案しなければならないのです。それも、幹部の三年になってから約半年で、実際の仕上げまで持っていく必要があります。ものすごい集中力と創造力が必要とされます。

ホウレンソウが必要になった背景には、おそらくこのような短期間にあまりにも多くの事柄の考案・検討・決定・練習・再検討などが必要だったからでしょう。ムダな時間が取れないのですから、企業組織並みの効率が求められるということです。

そして、こうして作られれば、おのずからダンシング&マーチング・パフォーマンスには愛着が湧いてくるはずです。新一年生や二年生にとっては、とにかく身近な先輩である三年生が考案してくれた振り付け・構成です。大人が勝手につくったからとか、他人事と傍観して練習するわけにはいきません。もちろん、考案した三年生は皆必死でしょうし、小説にもあったように下級生には厳しくなります。これらが、相俟って各メンバーもろともパフォーマンスに対する責任感はものすごく大きなものになります。まるで一人ひとりにとってパフォーマンス全体が自分の作品と言ってもいいくらいになるのでしょう。部員全員でつくりあげた一つの生命の誕生です。

そのうえ、YouTubeの広がりで年々わたしのような地方住みのファンまでたくさん出て来るのですから、今までの先輩たちの伝統・実績を自分たちの代で地に落とすような真似は決してできないというプレッシャーも並み大抵のものでないことは容易に想像できます。

その代わり、それらを必死にやり遂げると普通の高校生では味わうことのできないエンターテインメント・シーンの数々を体験できるのです。そして、客を喜ばせるとはどういうことか、自分が人の役に立つためにできる努力とはどういうものか、という後々の人生でものすごく役に立つ経験を数多くものにすることができます。

また、努力に見合った発表の場は、田中先生をはじとする学校側のサポートによってアメリカ遠征を含めたくさん用意されます。毎年、自分たちで新たな命を吹き込んだパフォーマンスが多くの人たちに感動を与えることによって、今までのすさまじい努力・苦心・忍耐が見事に報われます。これが「京都橘でしかできない体験」(創部以来のモットー)ということでしょう。

《魅力の源泉:裏》

生徒たちにマーチングに関わる運営・構成・振り付けを任せられていることを「表の源泉」とすれば、その裏には、当然これらをサポートする学校側の支援体制がなくてはなりません。それが田中先生であり、横山コーチということです。

この体制が京都橘吹奏楽部の伝統なのか、それとも田中先生になってからのものか、それはわかりません。しかし、この体制はある意味京都橘だからこそ、できるのかもしれません。

どういうことか。一つは毎年入る新入部員生徒数が他の強豪校に比して極めて少ないことです。しかも吹部未経験者が少なく、各中学吹部でも優秀な技倆をもつ生徒たちが集まっていることが挙げられます。

新一年生で京都橘吹部を希望する生徒は、以下のことを覚悟しなければなりません。

①マーチングで踊りながら吹奏する
②女子は衣装がミニスカートである
③高校を経て音楽大学へ進学したいような人には向いていない……これは当然です。ダンシング・パフォーマンスなどより、もっと音を一つひとつ見てくれるような先生のところへ入学するほうがよりふさわしいのですから(確か小説の中にも立華高校吹部出身の生徒は音楽大学へ進路を決める人はまれであるとの話がありました)。

高校進学の際、これらに抵抗・難色を感じる生徒もそれなりにいるでしょうから、ある程度入部する生徒は限られてきます。逆に言えば、新入部員ほぼすべてがそれなりの演奏技倆をもち、自分たちのやることがわかっているメンバーです。いや、むしろ小説の梓が熊田先生に聞かれて即答したようにみんな「シング」をやりたくて来た生徒ばかりでしょう。つまり吹部メンバーとしての意識が非常に高いのです。

一般的に顧問の先生としてはそれが仕事なのですから、いろいろと生徒に口を出してあれこれ指示を出したい、あるいは出さざるを得ない傾向はあるかと思われます。これをほとんど敢えてしないというのはそれだけ生徒を信頼しているとも言えますが、実はかなり忍耐も必要とされるのではないでしょうか。

もちろん演奏曲の音づくり、座奏コンテスト向けのメンバー決定など吹奏楽の肝となるところはきちんと押さえられているようです。しかし、いまや京都橘の代名詞であるダンシング&マーチング・パフォーマンスの指導や管理にほとんど関わらないなんて、ある意味めちゃくちゃカッコいいとも言えます。だから、しばしばマーチング・ドリルのMCでは生徒たちを自慢します。自分がほとんど関わらないから客観的に褒められるわけです。実に微笑ましい瞬間です(笑)。

でも、そうできるのは、やはり田中先生が徹底的に生徒の主体性を尊重して、集中力・創造力・団結力などを自分たちで作り上げられるよう一歩退いて見守ることに徹しているからこそなのです。

以上のことから裏の意味で魅力を支えている源泉は、顧問の田中先生となりそうです。そういう意味ではたとえ上記の体制が伝統であったとしても、田中先生の生徒へのあってほしい姿を明確にした指針にこそ京都橘の魅力の源泉があると言えるのかもしれません。

動画上のマーチング・パレードやマーチング・ドリルでは、田中先生は生徒たちの安全に注意しながら、黙々と付き添い、歩いているのを見かけます。ほかにも、しばしば芸人並みのトーク力でMCを務めて会場を沸かせたり、楽器運びのトラック運転手となかなか多才の方のようですが、見事な縁の下の力持ちぶりに頭が下がります。私は、そんなふうに思い至りました。

                                              (終わり)

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