« 京都橘吹奏楽DMPの魅力の源泉はいったい何だろう? その1 | トップページ | 京都橘吹奏楽DMPの魅力の源泉はいったい何だろう? その3 »

2017年6月24日 (土)

京都橘吹奏楽DMPの魅力の源泉はいったい何だろう? その2

小説『響け!ユーフォニアム 立華(りっか)高校マーチングバンドへようこそ』を読む【1】

私が「響け!ユーフォニアム」シリーズを知ったのは、昨年の秋ころだったでしょうか。京都橘動画のひとつに2016年4月に開かれた京都府宇治市と京阪電車の共催で「輝け! 吹奏楽部 スプリングコンサート」というイベントを録画したものがあり、その動画を見てからです。

その後調べてわかったのが、武田綾乃さんという当時女子大生の著作による『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ』(宝島社文庫)という小説がアニメ化され大人気となったこと、この小説の中に京都橘をモデルとした「立華高校」が出てきたことです。さらに昨年八月には、この立華高校の生徒を主人公にしたシリーズ小説も出たということでした。

早速、北宇治高校編、立華高校編の文庫本及びその関連本そして北宇治高校編のアニメもツタヤから借りてすべてひととおり眼を通しました。立華高校は確かに京都橘をモデルにしていることがすぐにわかりました。衣裳が水色に変更されたり、顧問の先生が女性教師になったりと、やや変えていますが、「Sing Sing Sing」が十八番とか、飛んだり跳ねたりすることはもちろん、なんと「水色の悪魔」の称号もあるというのですから疑問のつけようがありません。

事実、やはり同シリーズの『響け! ユーフォニアム 北宇治高校の吹奏楽部日誌』という文庫本の中にある「♪武田綾乃 一万字インタビュー」(p.188)と、シリーズの「応援コメント」中にある京都橘高校・田中宏幸先生の読後感想コメント(p.281)でもそれは確認できました。もっとも、ことしの4月にも「第2回 輝け! 吹奏楽部 スプリングコンサート」が開かれ、その際に武田綾乃さんと田中先生の対話があり、取材のときの様子が語られていましたのでファンの間ではこれは既に常識でしょう。

立華高校編の小説は、宇治市内の中学から推薦で立華高校に入学したトロンボーン奏者・佐々木梓があこがれの立華高校吹奏楽部に入部して、その年の全国大会に参加して金賞を獲得するまでを描いた小説です。私は、新一年生の梓を語る小説のなかで、立華高校の練習方法など吹奏楽部の実態を知ることができるのではないかと考えました。

もちろんフィクションですから取材をして書いたからと言って、それがそのまま京都橘高校吹奏楽部とまるっきり同じとまでは言えないでしょうが、上記した田中先生の読後感想コメントを読んでもかなり忠実に書かれているようですから、この本に書かれている内容を立華=京都橘のつもりで魅力の源泉を探っていくのはあながち的外れなことではないと思ったのです。

それでは、どんなふうに練習風景が描かれているか、私の興味を惹いた文章を小説『響け!ユーフォニアム 立華(りっか)高校マーチングバンドへようこそ』から抜き出してみます。小説では、会話の頭に誰の言葉か書いてありませんが、ここでは抜粋の引用だけなので、便宜上誰の言葉か付けたところがあります。

注1)前編・後編とあるので、引用ページの先頭に前・後を付けて示します。
注2)引用した文庫本の奥付は、前編が2016年8月18日第1刷、後編が2016年9月20日第1刷です。
注3)引用文はすべて太字にしました。


(1)新入部員への部長からの要請事項

「みんなに求めるのはただひとつ! ホウレンソウ、つまり報告、連絡、相談をちゃんと先輩にすることです。」[前p.22 ]

・・・このシーンは、主人公の梓ら新入部員33名がいよいよ第一回の吹奏楽部練習に集まった際、部長の森岡翔子が開口一番に述べた新入生への要請事項です。今の時代、高校の部活でもホウレンソウが求められていることにとてもびっくりしました。この「ホウレンソウ」は、 Wikiによると当時の山種証券・山崎富治氏が著した『ほうれんそうが会社を強くする : 報告・連絡・相談の経営学』(ごま書房、1986年9月)が出版されたのを機に全国のビジネス界で一世を風靡した、とのことです。私の記憶ではもう少し早くにホウレンソウという用語が流行った気がしますが、その後あまり聞かなくなったように思います。それはともかく、立華高校吹奏楽部の運営・管理には高校生というこんな早い時期から企業経営におけるマネジメント手法が用いられていることになります。それまで中学生だった新一年生にとっては、いきなりの社会人扱いに戸惑いもあったのではないでしょうか。


(2)次いで副部長・小山桃花の新入生への挨拶です。

「これから先、たぶん皆さんはいっぱい泣きます。こんな部活に入らなきゃ良かったって思うこともあるかもしれません。でも、それでも最後まで続けたら、いままで味わったことのないような、スゴいものが待ってます。それを味わうまでは、歯を食いしばってでも必死についてきてください」[前p.23 ~24 ]

・・・武田綾乃さんの「一万字インタビュー」で、武田さんが取材したときに、上記の言葉を裏付けるような言葉を京都橘の卒業生から実際に聞いたことが書かれています。

「もう一度やれるとは思わないけれど、絶対にやってよかった。とてつもない経験だった」(『響け! ユーフォニアム 北宇治高校の吹奏楽部日誌』[p.198])

(3)続いていよいよドラムメジャー(DMと略すことあり)の神田南の挨拶です。まず、私の注意を惹いたのは、これです。挨拶の一部にこういう一節があります。

①「マーチングの指導は、私と二年生のDMの二人を中心に行います。」[前p.24 ]

・・・これはびっくりです。なんと三年生のドラムメジャーのほかに二年生のドラムメジャーも既にいるというで話なんです。「えっ?」と思わず、これはフィクションかな、とも思いかけたのですが、同書の後ろに詳しくこの辺のことを説明しているシーンがあります。主人公の梓が初心者の名瀬あみかにこう説明しているシーンです。

②「立華だと、一年生の秋ごろに先輩からドラムメジャーが指名される。で、二年生のときは三年生の補佐をして、三年生になったときにようやくドラムメジャーとして舞台に立つって感じやな。うちのドラムメジャーの場合は、マーチングのときの指導もその仕事のうちに含まれてる」[前p.66 ~67]

これはやはり取材に基づいた京都橘の伝統をそのまま書いているのではないかと思いますが、いろいろと想像が膨らみます。この通りであれば、一年生がまだ半年くらいしか経っていない9月~10月ころに指名されるということになります。一体どのような基準で指名するのだろうかとか、途中で予期せぬ不都合が出て来たりする場合はないのだろうかとかです。とにかくドラムメジャーが一年から三年まで時間をかけて育てられていくということがわかりました。しかも、これは後に出て来ますがマーチングにかかわるメンバー決定は顧問やコーチでなく、原則生徒たち自身で為されるのです。これは京都橘の大きな特徴になりそうです。

(4)さらに神田南DMによる大会メンバー選考に関する厳しい説明が続きます。

①「最初に言っておきますが、うちの高校ではレギュラーメンバーを固定しません。京都府大会でマーチングに出場したとしても、控えメンバーのほうがいいと判断されれば、次の大会ではメンバーを変更します。私たちが目指しているのは、マーチングコンテストの全国大会金賞です。そのためには、ベストメンバーで大会に挑む必要があります。くだらない言い争いや個人の感情で時間を無駄にするわけにはいきません。そのことを肝に銘じておいてください」[前p.25]

・・・いやあ、実に厳しい宣言です。「鉄は熱いうちに打て」ではないですが、厳しい話は入部早々にバッチリ頭にたたき込まれるんですね。要は、実力勝負でメンバーが決められるということですからプロと変わらない環境です。もっとも、これは他の高校でも強豪校と言われるところは皆そうみたいですけど。

●これに関する具体的な説明が同書後半にも出て来ます

②立華高校は全国に名を馳せる強豪校だ。この吹奏楽部に入部するために、各地から高い能力を持つ生徒が集まっている。当然、そのレギュラー争いは過酷なものとなる。先輩だとか後輩だとか、そんなことは一切関係ない。上手いやつが本番に立つ。そんな至極シンプルな競争原理が、この部内には定着していた。[前p.197]

③「立華では、吹奏楽コンクールの場合は、顧問が出場メンバーを決めるが、マーチングコンテストの場合は上級生たちの判断で誰を出場メンバーにするか決める。先ほどの太一の言葉どおり、彼が上手くなればレギュラーメンバーに入れる可能性は大いにありうるのだ」[後p.32]

・・・ つまり、音作り(恐らく選曲も?)は顧問の先生が責任をもつ。そして、マーチングはあくまで生徒が主体でそれらを、顧問とコーチがサポートするということになります。

●小説では、実際マーチングの関西大会へのメンバー決めのシーンで次のようなことも起こります。部長の翔子が発表します。

④「次の関西大会、メンバー交代します。由美の代わりに佐奈に出てもらいます」
その言葉に、二年生部員が息を呑んだ。大きく見開かれた瞳が、ぐらりと揺れる。二年生の枠を、一年生部員が勝ち取ったのだ。
「はい」
そう応じる一年生部員の声からは、喜びの感情が隠し切れていなかった。夏のあいだ、彼女はずっとフロアの外で練習し続けていた。その努力が、ついに報われたのだ。
後輩か先輩なんて関係ない。上手いほうが、レギュラーになる。そんな当たり前のことが、当たり前のこととしてこの部内には定着している。いまはレギュラーに選ばれていても、明日はどうなるかわからない。一瞬たりとも気を緩められない状況が、部員たちに慢心する隙を与えない。[後p.186~187]

・・・いろんな意味で純粋な切磋琢磨であります。「純粋な」という意味は、お金の絡まない世界だからという意味です(社会に出ればお金に影響(換算)されないことはまず出てきませんから)。こんなに純粋な世界は、この時期のこういう環境のときにしかおそらく体験できません。そういう意味でも、追い抜くほうも追い越されるほうも一生でも二度と味わえないとてつもない貴重な体験をもつことになるでしょう。


(5)そして部活の日々が始まりますが、練習のメニューが決められる様子が次のように書かれています。

立華の休日練習は、部内ミーティングから始まる。黒板の前に立っているのは、部長の翔子、副部長の桃花、そしてドラムメジャーの南の三人だ。幹部と呼ばれる役職につく三人と各パートのリーダーたちによる会議にて、その日の練習メニューが決められる。
「今日の練習メニューです」
白いチョークをつかみ、翔子がスラスラと文字を書き込む。
(メニュー表[略])
こうしたスケジュールは、各パートリーダーが自分たちのパートに所属する部員たちの様子を見ながら決めている。顧問が口出ししてくることもあまりないため、新入部員の育成からスケジュール管理に至るまで、大半のことを先輩部員が行うのだ。[前p.62 ~p.64 ]

・・・ははぁ、なるほど。だからホウレンソウなんだなぁ、と頷けました。この辺から、非常に特色のある京都橘の様子がはっきりしてきます。顧問の先生がほとんど口を出すことなく、部自体を生徒が主体的に運営しているということです。

前エントリーの『笑って! こらえて』(2011年)では、他の高校マーチングの練習風景もいくつか放映されていました。他の高校もすごい練習ぶりと魅力あるパフォーマンスでしたが、京都橘とは違い、やはり全面的に顧問の先生やマーチング・コーチの指導が大きくクローズアップされていました。
そういう点で、京都橘の顧問・田中先生の姿は最初のちょっとだけで練習現場にも姿が見えない。ともすると顧問の先生が生徒たちを放っておいているみたいな印象さえありました。だから、生徒自身の活躍が目立ちましたし、とりわけこの番組の場合は生徒主体を強調したかったのか、その象徴としてのドラムメジャーが生き生きと描写されることにつながっていたんだと思います。


(6)さて、次はいよいよ「Sing Sing Sing」の振り付けを一年生が教えてもらうシーンです。DMの南から次のような説明があります。

①「シングの振り付けは代々受け継がれてきたものです。先輩部員の方が考えてくださったものが、いまにまで伝わっています。そのため、ステップの種類も多くあります。次回のステージドリルも、夏のマーチングも、要はここで教えるステップと全体での動きとの組み合わせで構成されます。いまサボっているとあとで泣きを見ることになるので、浮ついた気持ちで取り組まないようにしてください」[前p.73]

・・・シングは2005年のときの部員が中心となって、主なステップと振り付けが決められたのでしょう。そして、その後の期ごとに少しずつ改良や追加などが為されてきたのでしょうか。それにしても、音の運びと身体の動きがうまく連動するような、いかにも理に適っているなぁ、と感心してしまう振り付けがいっぱいあります。

たとえば脚を突然パッと広げる振り付けなど、楽譜と連動していながらも純粋に意外性があって私などはおもしろさを感じます。あるいはその位置で回るときトロンボーンは前に延ばすと前後の奏者にぶつかる恐れがあるときには、下に向けて吹いて回ったり、フルートなどは思いっきり右斜め上方に極端なくらい傾けてみたり、もう本当によくこんな振りを考えたものだ、と感心するばかりです。とりわけ、飛んだり跳ねたりがおもしろいくらいある細かいステップには思わず見入ってしまいます。

またパレード行進では各パートごとに少しずつ異なる振り付けや「ずらし」があり、しかしステップは全体が同じとか、本当によくできていると改めて感心させられることが一度や二度ではありません。

京都橘の演技を何回も見てしまうのは、だんだんこういうステップの妙(巧妙さやおもしろさそして意外性)に気づいてくるからです。常に新しい発見があり、新鮮に感じます。それが何回見ても飽きない要因でしょう。
昔どこかで読んだのですが、人間は新鮮さを感じるとその都度若返るのだそうです。ものごとに新鮮さを感じなくなると、人は老いてゆきます。だから新鮮さを与えてくれるものは、人に命を授けることになります。これが、京都橘の人気の秘密の一つなのかもしれません。

②「とにかく体幹、上半身が重要です。身体が揺れていると楽器は吹けません」
この南の言葉こそが、立華の華やかなステップパフォーマンスの神髄だった。一見すると大きく体を揺らしているように見える振り付けも、その実、動いているのは下半身だけである。上半身をぴたりと固定したまま、下半身だけを激しく動かす。足を大きく振り上げても、腰から上は絶対に動かさない。[前p.73~74]

・・・著者の武田さんが現役部員やOGなどから取材して行き着いた橘ステップの秘密はこういうことだったのでしょう。最近、多くのスポーツでも体幹の重要性を耳にする機会が増えました。そういう点から言っても、京都橘の吹奏は体幹の鍛錬を中心とするスポーツと共通する要素が濃厚にあることになります。

③「音は誰が吹いているかバレへんけど、ステップでミスったら速攻でお客さんにバレるから。自分のミスが他人の足まで引っ張るってことは頭に入れといて」[前p.85]

・・・確かに。ステップのミスは視覚により極めて目立ち易いものですから、これはそのとおりです。が、それにしても自分一人のミスが全体の足を引っ張るというのは、かなり各個人にプレッシャーとなりそうです。


(7)そして繰り返しの練習の様子を著者の武田さんは梓に成り代わって次のように描写します。

部員たちが一斉に手本の動きに追従する。足を蹴り出すたびに、ザッザッと衣ずれの音が響く。踵が床を蹴る音、足が空気を裂く音、それらはひとつの塊となり、まるで生き物みたいに轟々とうなり声を上げた。カッコいい。そう、素直に思った。空気の動きを肌で感じる。皆の呼吸の音がそろい、奇妙な一体感を生み出す。[前p.74]

・・・まるで「生き物」みたいな「奇妙な一体感」。しかも、誰一人ミスのない完璧な集団パフォーマンス。最初にマーチング全国大会の『Sing Sing Sing』を見たときの私の反応が思い出されます。見事に揃った手足の動きに加え、座奏と変わらないレベルの音を聴きながら、ただ「はーっ」とあっけに取られて口が開けっ放しでした。


(8)さて、梓がこの立華吹奏楽部に入って、非常に驚いたことを述懐しているシーンがあります。少し長いのですが重要なので、その節を見てみましょう。

梓が立華に入学した際にもっとも驚いたのが、顧問の部活への関与の少なさだった。熊田先生は、合奏練習や本番前以外はあまり部に顔を出さない。たいていは職員室で仕事をしており、指示を受ける部員がそこへ足を運ぶ。中学時代の部活では顧問が事細かにやることを指示していた記憶かあるのだが、高校に入学して以降、顧問から直接的に練習予定について話を聞いたことはほとんどなかった。
立華の吹奏楽部は組織的に動く。それぞれに割り振られた役職をまっとうすることで、部内が円滑に運営される。生徒たちは指示を待つのでなく、試行錯誤を繰り返しながら自分たちで進もうとする。熊田先生のおもな役割というのは、そんな部員たちのフォローだった。脱線しそうになっているとき、大人の助けが必要なとき、子供だけではがんじ絡めになって身動きが取れなくなってしまったとき、そういったときに先生はそっと部員たちに手を差し出す。[前p.80~81]

・・・これは『響け!ユーフォニアム』シリーズの北宇治高校の顧問・滝先生とはかなり違うようです。ただし、こんなふうに先生から信頼されて運営を任される生徒たちは、どれほどがんばるか容易に想像がつきます。最初はプレッシャーのほうが勝った時期もあるでしょうが、やがて自分たちの思うとおりにやってみたいことを立案・計画・実施する喜びを知ったら、それはそれは素晴らしい体験になります。

この生徒たちの奥に潜むいろいろな可能性を引き出すことを狙って敢えてそうしているとしたら、それは先代の平松先生以来の伝統なのでしょうか。それとも、自主性を重んじる京都橘の学是に基づいた田中先生なりの考え方があっての独自の方針なのでしょうか。ここに至って、俄然田中先生ご自身への興味が湧いてきます。

                                               (続く)

|

« 京都橘吹奏楽DMPの魅力の源泉はいったい何だろう? その1 | トップページ | 京都橘吹奏楽DMPの魅力の源泉はいったい何だろう? その3 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/166261/65452678

この記事へのトラックバック一覧です: 京都橘吹奏楽DMPの魅力の源泉はいったい何だろう? その2:

« 京都橘吹奏楽DMPの魅力の源泉はいったい何だろう? その1 | トップページ | 京都橘吹奏楽DMPの魅力の源泉はいったい何だろう? その3 »